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師走雑感 1         2011-12-07 [思索]

今年もとうとう12月になりました。どうしてか、このところばかに忙しい日々を送っている気がします。全くそれが個人的なことなのか、それともそれ以外の人間の場合はどうなのか考えたりもするのですが、まとまりません。

偶々、先日同い年(73才)の友人と電話で話していましたら、彼と同年代の友人が今年3人も亡くなったというのです。更に聞けば、その中の2人は何と私の友人でした。中学1年生の時の同級生です。改めて人生のはかなさを感じ、彼ともしみじみ自分達の今、及びこれからの生き方についてもう少し考えてみよう等と話し合ったのです。同時に思ったのは、自分達がもし突然、死に直面する事態となった時、このままで問題はないのだろうかという根本的な事です。理屈ではそれなりの準備をすべきと思い、日頃書物で終活について調べたりするのですが、現実には行動が伴っていません。いつ、どこで、何が起きるかわからないと思えば、しっかりしなくてはならないのですが、なかなか私はそうはいきません。心のどこかで、”それはまだ先のことで、いずれそうするつもりだ”などと思ったりして時間はどんどん経過していきます。実は毎日本当に忙しいのです。まわりの人はそれが歳をとらない秘訣だから無理に隠居する必要はないと励ましてくれますが、それとは裏腹に世に言う老害を振りまいてはいないかも気にしなくてはならないと自戒するのです。

何はともあれ今月、来月とスケジュールはびっしりで、まだまだ休めません。(つづく。。。)


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カジノ余談        2011-10-28 [趣味]

最近、テレビや週刊誌でニュースとして伝えられ、しかもスキャンダラスな話題にもなっている一件で、私のみならず一般の人の興味をひいているのが、大手製紙会社の前会長への80億とも100億ともいわれる巨額の融資金の問題です。事件性があるのかどうかは私にはわかりませんが、お金の使われ方が明確ではないものの、その多くがマカオ・ラスベガスのカジノで使われたというのでそれだけの大金を一体どんな使い方をしたのだろうかと、ひとしお関心が高まりました。ここ数日、私はカジノ体験の話を書いて来たことでもあり、この話題に関連して私がふと考えたことを書いてみようと思います。

まず、私のカジノの規模と本件のそれとは、まるで次元が違うということです。例えて言うならば、蟻同士の戦いと象同士の戦いの様なもので、比べものになりませんが、仮に噂の通りカジノで使ったものとして勝手に想像すれば、考えられるのはVIPルームでのバカラゲームです。もしかしたら、ポーカーかも知れません。私はポーカーはやりませんから、どうしてもバカラが頭に浮かんでしまいます。これまで私は何かの手違いで巨額のチップを賭けているバカラゲームの場面を目撃したことがあります。テーブルの上にはざっと見ても数千万円という額に相当するチップ(板の時もあります。)があって、臆する様子も見せず、平気にベットしています。最少チップを置いている場面でさえ、何と500万円相当のチップなのです。こんなゲームをやる人間は一体どんな職業の人間なのだろうか等と意味のない思いで見守ったりしたことがあります。この様なゲームの結果について後になってささやかれるのは億単位の勝ち負けの数字なのです。そして、この様なゲームは1晩だけでなく何日か行われ、その振幅の度合いが大きくなっていくのでしょう。そんな事を思い出しながら、今回の話題も数億円はおろか数十億円のやりとりがないことはないと思ったりします。 ギャンブルは数百円、数千円単位でゲームをする人、数万円、数十万円単位、数百万、数千万単位、数億円単位でゲームをする人と色々あるようですが、ゲームの基本は同じで取ったり取られたりの世界の中でそれぞれのレベルでの戦いぶりによって、結果が出るのでいずれであっても熱くなり、ど壺にはまって抜け出せない状態での判断は、私の体験から言えるのは、いつもいつも負けを取り返したいという思いが強烈に込み上げて来て、次は必ず勝てると信じるしかなく、負けるなどとはこれ程も思えない状態の連続でなされます。こうなると持てる資金の全てどころか、借りてまでつぎこむというケースがあるのです。無限の資金があるのであれば、最後に勝てる場面も理論上あり得ますが、リミットがベットにあったりもするので現実的でないのは明らかで、大概は大負けのまま終わるのです。だから、カジノハウスは繁盛するのだというのが定説です。

こんな大金をどうやって持ち込んだのだろうという憶測もなされていますが、それよりも何よりも金銭感覚を麻痺させることがカジノ側の狙いである以上、これにどう対抗するのかというのは馬鹿馬鹿しいほど簡単な理屈で言うと、(1)まずカジノには近づかない。(2)カジノで遊ぶ予算を決めて、レストランやシアターでの楽しみの代償と同じと考える。(3)チップの額をいつも実生活で使う現金としてとらえる(4)偶然勝ってしまったらその時点で思い切りよく止める。こんな風に考えるのは凡人だからなのでしょう。私としては凡人でよかったとしみじみ思っています。 巨額を賭ける人の背景には私の想像を超える事情もあるのかもしれませんが、私のやるカジノゲームとは別次元の出来事として見る他ありません。(おわり)


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マカオでバカラ5連勝 そして6連勝達成 3    2011-10-27 [趣味]

ロ)10月18.19日の戦い

5連勝達成の偉業(?)は私に更なるチャレンジ精神を呼びさまし、6連勝を強く意識することとなりました。本気で挑戦すべく、この日に臨んだのでした。この度は幸運にも私の周囲に最初から最後までハイローラーは見当たらず、気持ちも穏やかにゲームを出来たのでした。この時の穏やかな気分は更なる効果につながったのです。それはゲームにおいて重要なる注意事項の一つに、熱くなってはいけないという一項で徹頭徹尾、冷静沈着に振舞う事が出来たのです。そうなるとPに来るか来ないかの判断が高い確率で的中することが多く毎回毎回自信を持って対峙できたのです。

その具体的な例を一つだけ述べますと、仮にPを連想してチップを置いてそれが負けた場合、決して熱くならず冷静に、今回来ると思ったのは一回だけ早すぎたに過ぎず、正しくはこの次に来るに違いないと考えおもむろに今負けたチップを上回る額のチップを置くことにしたところ、それが見事当たり、前の負けを取り戻しただけでなく、更なる勝ちを増やすことになったのです。このやり方でやり続けた結果、出来過ぎと思える位的中して6連勝が実現できました。それも夜の早い時間に達成出来てしまい、例のごとく部屋でゆっくり眠れたのです。

こういう展開を聞いて他人は自分と一緒に喜んではくれまいと思うとじっと自分の中にしまっておくべきなのですが、余りの嬉しさにここまで調子に乗って書いてしまいました。念の為に書き添えますと翌日午後一時過ぎのフライトまでの限られた数時間を、今回のつきに乗って勝ちの上乗せをしようという誘惑をぐっとこらえて、何もせず時間の経過を待ったことが間違いなく今回の勝ちを確定した理由に他なりません。バカラゲームは負けだすとアッという間に多くのものを失います。いとも簡単に勝から負けに入ってしまい、そこから抜けだそうと熱くなると泥沼に入り込むことは必定です。何もしなければ負けることはないという真理を体得出来たのは、まさに悟りの境地に到達したと自分で言い聞かせるのです。

一方で別の疑問も起きます。時間があるのにゲームをしないとは、一体何しにマカオへ行くのだという素朴な疑問です。過去、或る時期に私はこの疑問に自問自答して、いかなる結果をも受け入れて来ました。つまり、カジノに来たからにはとことんゲームにこだわりゲームを楽しむのだ、勝ち負けはその時々の結果にすぎないという解釈に酔っていたのです。特に負けが混んだ時には尚更その思いを強くしていたのです。今の瞬間はゲームは楽しい、勝ったゲームはもっと楽しいと思っています。誠に勝手としか言いようがありません。(おわり)


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マカオでバカラ5連勝 そして6連勝達成 2    2011-10-26 [趣味]

そういうわけで、あとはしばらく私と仲間のY氏と2人でバカラゲームを楽しんでいたところへ、私の隣りの席へさっきとは別の中国人の客がつき、ゲームに参加して来ました。見ると手元には既に巨額のチップを積み上げています。どんな打ち方をするのかと気になって彼のやり方を観察しつつ、例によって私はPにちまちまと置きます。一方彼はドカンドカンと大きくはっていきます。彼も私も取ったり取られたりと繰り返していく中に、彼の方に来るケースが多く彼の前はチップの山が大きく積もる一方で、私はかなり圧倒させられました。次第に彼は自信を強く持ち始めた様で、負けた時も動揺もないように見え、次の回で必ず取り戻すという具合に彼のペースでゲームは流れて行きます。こんな時、通常は周囲のゲーマーはついている彼に乗っていくものですが、私は私なりのやり方をかたくなに守りPの一点ばりです。ところが、ところがの話をこれからしますと私が好きなPが3回続いた時、私の頭をかすめたのはPの4回目は絶対ないだろうという確信めいた暗示でした。そこで私は見(ケン)を決め込んだのです。彼は迷わずにPに置きます。さすがにチップの量はやや減らしています。同じく私の右隣りのY氏は先ほどからついている件の中国人に乗ったままPに置いています。結果はBでなくPと4回目が来ました。私の判断はPは来ないという確信はゆるぎません。したがって又、ケンです。両隣りの2人はセオリー通りPに置きます。Pは5回連続で来ることになり、私は金縛りにあったように動けません。実を言いますとこの辺で思い直してPにおいてみるべきか思い始めていたのですが、もう少しケンを続けようとそのままじっとしていました。

ゲームは6回目もPです。表示板の縦枠は連続6枠が1行で、めったに6回の連続はないと言われていますが、前にも書いたようにこんな時は目が変わるまで置きつづけよというのがセオリーなのです。この次にPが来る時は右へPの印がついて、アルファベットの”L”の型を作り始め、Lのパターンと良くも悪くも面白いゲーム展開なのです。私の迷いは別の点に移り始めたのでした。それは、ここまでずっとケンをしていた私が今更のようにPに置いてしまうと、それがきっかけでPの場は終わってしまいはしないか、そうしたら「お前が置くから目がかわったのだ!」などと思われるかもしれないので、そのままケンを続けるのが順当な判断かと自分に言い聞かせて、成り行きを見守っていくしかありませんでした。隣りでY氏はPにしか置かない私を知っていて何故こんなチャンスを見逃すのだと本気で私に参加を推めるのでしたが、私の心の中の気持ちを伝えられず、じっとこらえていたのですが、何と何とPは13回まで出続け14回目でBに変わったのでした。当然私のチップはPの3回目までのままでしたが、両隣りの2人は相当に勝って勝ちまくったというわけです。私はそこから先、ゲームを続ける気になれず、そのテーブルを離れました。

その後は別のテーブルで私のペースを取り戻し、ゆっくりゆっくりと勝のチップを増やし続け目的の勝利の額をはるかに突破して、早々と部屋に戻ることが出来たのは私にとって極めて満足の行くことでした。この日の嵐のようなゲーム体験は、ハイローラー(大ばりのギャンブラー)と同席をすると私自身培ってきたゲーム感覚に影響を及ぼすことになり、そういったケースは極力避けていきたいという大事な教訓でした。

 <蛇足>翌日Y氏に昨日の後のあの大勝ちの中国人某氏とY氏の戦果について聞いたところ、夜半頃までに2人共勝ち分は全部吐き出したという事を聞いて、変に納得したのです。つまり、勝ちの場面がずっと続くことは有り得ないというセオリーを思い出したのです。(つづく。。。)


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マカオでバカラ5連勝 そして6連勝達成    2011-10-25 [趣味]

前回予告した通り、10月5.6日の1泊2日にてマカオに行きました。初日は昼過ぎに到着、2日目夜の8時の出発という滞在時間は私にとって理想に近いものであります。ねらい通りの5連勝という成果は通常はあり得ないことで、多分これを聞いた人は本気にしないかもしれません。しかしこれは事実で、なぜそれが出来たのかは追々説明するつもりですが、これまでの戦いぶりを読んでいただいた方は何となく理解してもらえると思うのです。カジノ必勝の法則はないのですから、この結果を残せたことで私なりに毎回の戦いを不敗で終えるのは可能だと思い上がった自信がついてしまったのです。その証拠に今月、18日、19日と出向いた時の結果が6連勝を実現できました。今回の話はこれら二つの戦いで私が実際に体験した忘れられない出来事について書いてみたいと思います。

イ)10月5.6日の戦いで

或るバカラテーブルについてゲームをしていますと、隣りに中国人の男性が来て座りゲームに参加しました。彼が賭けるチップの量は私のそれに比べおよそ10倍と高額で私としてはとても気になります。彼も私も同じP(プレイヤー)に置きます。勝負結果はPで彼は大勝利、無論私も勝ちは勝ちですがそこそこの勝ちです。次も彼は再びPに同じ高額のチップを置きます。私も、ちまちまとPですが結果は続いてPが来て、隣りの彼の収穫は大きく、私のは知れたものです。さて問題は次の予想です。私はいつものようにもう一度、つまり3回目Pが来ると信じPに置きます。すると隣りの彼は最初置いたチップは2勝で3倍になっているのですが、何と今度はBに置き換えオールインです。こういう時、大バリをする人の向こうをはって反対側に小さく置くのは気が引けます。したがって私としてはBに付き合うわけにもいかず、Pを続けるのもはばかれて見(ケン)をすることにして様子を見ることにしました。隣りの彼のチップは巨額です。複雑な気持ちで見守る中、結果はPで彼は全て失いました。ほんの一瞬にして日常生活での貨幣価値からすれば、日本の普通のサラリーマンの月給の3ケ月分相当と思える金額がすい取られたことになります。彼はそこでサッとたちあがって、どこかへ消えました。

話はまだ続きます。(つづく。。。)


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マカオで4連勝      2011-09-28 [趣味]

マカオタイパブリッジの夜景 - 写真素材
マカオタイパブリッジの夜景              
               (c) マンジロー写真素材 PIXTA


翌日のフライトは夕方の5時20分発でしたので
ゲームの時間は十分あるにはあります。
が、そこはいつもの様に11時頃にブランチを取り、
その後、ゲーム会場を覗くというスケジュールです。
昨夜は思いの外勝ってしまったので、もうこのままやらないで
4連勝を決めてしまおうかと意を決していたつもりですが
何とはなしに昨夜のY氏の戦果について聞いてみると
朝方までやり続けたらしく、まだ寝たりなくて部屋におりました。
結果は聞いて少々驚く位の大負けだったようでした。
私はそれを聞いて、
Y氏の負けが予想以上の負けであったことに衝撃を受けたかどうか
わかりませんが、
私の戦法は冒頭に書いた(A)のやり方になっていました。
どうしたわけか昨夜に続いて負けません。
増えたチップを前に置いて戦っているところに
Y氏が眠そうな目をこすりこすりやって来て、
私のチップは勝ちチップだから縁起がいいとばかりに
ちょっと貸してくれというのです。
勿論私は気持ちよくチップを手渡したところ、
彼はそのままバンカーに置きます。
私はといえば、相変わらずプレイヤーオンリーでしたので
結局は彼との勝負になります。

結果は見事にバンカーで彼の勝ちです。
彼は私に借りたチップをその場で返し、勝った分を再びバンカーにはっています。
私は相変わらずプレイヤーで、次もまたバンカーが来て私の負けです。
何とも不思議な事ですが、私は見る見る勝ちを減らし、
Y氏は見る見る勝ちを増やしています。
私はさすがにこのままでは4連勝が出来なくなると
勝ちを半分程減らしたところで正気に戻りゲームを止めたのです。
そのままじっと堪えてホテルを出発する時間まで
見(けん)を続けられました。
一方、Y氏はそのまま勝ち続け、昨晩の大負けの半分以上戻していました。
3人一緒にアモイ便に乗る予定でしたので
さぁ席を立ちましょうと促した時のY氏は明らかに迷いがあり、
このまま続ければ、残りの負けを取り戻せると思い
帰りを一日延ばしたい等と言い出したのです。
私とK氏は2人でその考えは捨てた方が良い、必ず再び負けを増やすことになるぞと
強く説得し、ようやくY氏も正気をとり戻し、
一緒に帰ることになりました。
他人事乍ら、この判断は正しかったと確信しています。
自分の事となるとこれと同じ判断したかどうか自信はありませんが。(おわり)

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マカオで4連勝 2011-09-27 [趣味]

グランドリスボアホテルの夜景 - 写真素材
ホテル リズボアの夜景

前に約束した通り、9月12、13日にマカオでバカラを戦って来ましたので、
その結果を報告します。
タイトルの如く、4連勝達成出来ました。
こうなると5連勝はなるのかと試したくなるのが人情で
寸暇を割いて10月始めに一泊の日程を組んでいます。

さて、その時の様子です。
2人の中国の仲間と一緒にアモイから空路、
マカオのホテル リズボアに入ったのは夜の9時頃でした。
チェックインを済ませていつもの水晶宮に行き、
挑戦すべきバカラテーブルを見回すところはいつものことで
”ここはいける”とピンと来るというより、
とりあえずいけそうなテーブルだと自ら思い込むしかないと
思うテーブルを見つけて席につき、チップをバイインします。

私の場合、ゲームを開始する際、一瞬のことですが
必ず過去の色々なケースを思い浮かべます。
そのどの部分に重点を置くかによって、流れが変わるように思います。
その一つに、始めから比較的大きなチップを置いてゲームに入るやり方(A)と
割と小さいチップを置き乍ら経過を見乍らチップの多寡を操作するやり方(B)があります。

私の場合、(A)とか(B)とか一方のやり方をずっと続けることはありませんが、
出足を(A)でいくか(B)でいくかはその時の過去の思い出のどの部分が
脳裏をかすめるかによるのです。
今回は(B)で始めたところ、どうやらその作戦が当たり、
短時間にチップはみるみる増えていくのです。
仲間の一人(K氏)がその辺でやめて部屋に帰るべきと
相当強くアドバイスし始めます。
彼自身はどちらかというとバクチは堅実にやる方で、
勝っても少々負けても少々といつでも切り上げられる姿勢です。

ところが、もう一人の仲間(Y氏)はK氏とは違って、
バクチは好きで好きでしょうがないタイプでした。
その時点でのY氏の様子はかなり負けが進んでいるようでした。
私はK氏のアドバイスを素直に受けて部屋に戻る決心が出来ましたが
Y氏は想像の如くもう少し頑張るつもりと居残りました。(つづく。。。)



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老人達の夏の1シーン 2011-09-07 [思索]

T君の馬 天皇賞優勝記念.jpg
 T君の馬 天皇賞優勝記念テレホンカード

その頃から11人の思いに変化が出始め、麻雀に付き合っていたら
いつ家に帰れるかわからぬと女性群は考え始めたようなのです。
それは彼女達の行動に表れ始めました。
麻雀メンバーはさっさと目的のホテルに向かうのですが
後続の女性達が付いて来ません。
どうしたのかと携帯で確認してみると
駅前の土産物屋で買い物をしているのです。
私達はホテルのフロントで麻雀をしたいのだがと申し入れると
部屋を取ればそこに麻雀卓持ち込むと言われ、
「それで良い、直ぐ始めよう!」とすっかりその気になったのですが
念のため確認して見ると卓は座り用で、
しかも手積みだというのです。
今時これでやる気にもなれず、そこは拒り、
他に本当にないのかと、改めて調べることにしたところ、
どうやら一軒営業している店があることがわかり、
そこから歩いて約10分程だというのです。

一向に女性達は到着しません。
そこでT君と私で一計を案じ、ホテルに入場料を払って、
入浴やエステを受ける等、女性達には体を休めて待ってもらおうと、
構わず女性5人分の料金の支払いを済ませ自分達の荷物をフロントに預けて
さっさと雀荘に向けて出掛けようとしたところに女性達が到着しました。
そこで一悶着あり、麻雀は諦めてこのまま皆揃って帰るのが
一番良いのではないかとの流れになりかけたのですが
すでに麻雀組は半ば以上やらねばすまぬ気になっていて
せいぜい早目の終了時間を提案することで妥協したのですが
その時私だけが忘れていた翌日の大切な予定が妻の口から出たのです。
何とそれは、明日(8月23日)から検査入院、
そしてそのまま手術となる予定があったのでした。
そこで妻は、これ以上付き合えない、入院の準備もあるので
このまま一人で帰るので、
皆とゆっくり遊んで来るようにと優しい言葉を残し帰りました。
残った4人の女性達は律儀にも夫々のご亭主を待つという意向で
そのままホテルに残り、我々は目指す雀荘へと向かったのです。
探し当てたそこは狭い店で雀卓が2台しかあいませんが、それはどうでも良いのです。
約束した時間まで早くやって早く終わろうということで再度戦闘開始です。

約束の時間の4時が来ても終わる気配はありません。
そこへ女性達から、これから帰ると通告があり
夫々がそれを確認したところで延長戦となるのです。
私もさすがに明日の妻の入院と私自身の日程を思い直して
ここ湯河原から天王台の自宅まで今日中に帰らねばならないと
決意を固めたわけでした。
終わってすぐに家につくという場所ではないと
改めて思ったりして何と年甲斐のもないことをしているのだろうと
ほんの一瞬自分を責めてみるのですが、
結局、満足いくまでやり続けて家にたどりついたのは
11時を少しまわった時間であったことは何よりと安堵したのです。

それにつけても、麻雀が面白いのか、
友達と過ごす時間が楽しいのか、
私の人生の一つ時を刻んだ今年の誕生日でした。
その後も、今日に至まで相変わらず忙しい現役の日程をこなしているその中に、
こんな生活の節目を作り、乗り越えることで
生きている実感を得ているのかもしれません。(おわり)



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老人達の夏の1シーン 2011-09-06 [思索]

源頼朝(複製).jpg
            源頼朝(複製)


今回11名の内訳は、5組の夫婦とシングル男1人の構成で
夕食以外の時間は、4人の男達が麻雀、
残りはおしゃべり、マッサージ、入浴、カラオケと適宜
自由に楽しむこととなっていたのです。
男6人の中の2人が麻雀のスターティングメンバーからはずれていたのは
1人がN君で病み上がりの体調を考えて
無理強いはせぬが良かろうという慮りともう1人はS君で
ここを読んだら怒り出すに違いないと思うのですが
最近はやると負けの実績を誇る程の
勝つ見込みが絶対考えられない絶不調を考えて
無理強いはせぬがよかろうという慮りをしてのことでした。

取り敢えず夕食まで4人で始めた麻雀がこの旅行での
中心テーマとなります。
夕食後再開した時は、食事前の戦いで大負けをしたH君と
はずれていたあの絶不調S君が入れ替わったのです。
抜けたH君は負けるのが嫌いなタイプですが
そもそも負けが絶対に嫌という程の負け嫌いではなく
負けると決めた金額以上負けるのが嫌という性格で絶不調の男S君を
うまく誘い込んだというわけでした。
さて、この新しいメンバーでゲームを始めてしばらくすると
他の1人T君が勝手に頼んでいたマッサージ師が時間通りに来てしまい、
メンバーがくずれることになるので、
先に抜けたH君はすでにカラオケのメンバーに参加していたのを
急遽呼び戻す仕儀となったのですが、
戻って来たものの本人はすでに戦意は失せており、
待たせていたマッサージ師を帰すわけにもいかず
呼んだT君の替わりにH君がマッサージを受けることになりましたが、
T君としてもやはりマッサージを受けたい気持ちが強く、
愈々代わりに病み上がりのN君を加える他はないということになり、
N君がしぶしぶ加わり、スターティングメンバーの中H君とT君の2人が抜けて、
S君、N君を入れた新規メンバーで継続となりました。

深夜2時頃まで続いた麻雀は衆議一決もう寝ようということで終了したのです。
そこまでの結果は私とT君の浮きでS君、N君、H君ともう一人の
スターティングメンバーのY君の4人が沈みという状態でした。
予定では麻雀はここまでで完全終了のはずで、
この結果を全員受け入れて翌朝食後にチェックアウト次第
帰路につくことになっていたのです。
ところがなのです。
食後、出発までの寸暇をもう少しやるかということになり、
負けを増やしたくないH君と予想通り不調男S君が抜けて、
私、T君、N君、Y君の4人で卓を囲むのですが、
折角昨夜私の誕生祝いとして勝たせてもらった
(皆がそういう言い方をしたのです。)
浮きを全部失い、
それどころか大きく負け込んでしまい
同情してくれるのですが、私には何となく挑発に聞こえてしまい
もう少し付き合おうかという提案をしてしまったのです。
病み上がりのN君も今日は見違える程つきに乗り、だんぜん浮き頭です。
そのため流石に、拒わるわけでなく、応じてくれたところ、今度は皆が
昨日は私の誕生日の祝いで今日はN君の快気祝いだと勝手に理由をつけて
麻雀再開の為ホテルを後にし、湯河原の駅近くまで行き、
電車に乗るはずもなく昼食を取る流れとなり、その間雀荘を物色します。
店の人に聞いても電話帳を見ても、雀荘は見当たりません。
その中に近くの温泉ホテルの中に行けば出来るという話に出会い、
食事を終えてそこに向かって全員ぞろぞろ歩き始めたのです。
                     (つづく。。。)

   

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老人達の夏の1シーン 2011-09-05 [思索]

漁港 - 写真素材
(c) blue horseストックフォト PIXTA
  真鶴港

 8月21日は私の73才の誕生日です。
私の妻の発案で数年前から毎年、私の誕生日に友人達を招待して
祝ってくれるのが慣しとなっています。
馬齢を加えることがそれ程嬉しいというわけではなく、
これを口実にして親しい仲間が集まって
互いの元気を確かめ合い、リフレッシュしようという主旨なのです。
友人達というのは小学校、中学校、或は大学からの友達ですが
夫々の連れ合いを加えた平均年齢も70才を完全に越えています。
はたの人が私達集団をどう見るか本当のところはわかりませんが
おそらく、というより間違いなく年寄りの集団と見てるでしょうに、
私達自身、口では我々年寄りは等と軽口をたたく時、
本気で年をとってしまったいわゆる老人達という意識はないのです。
むしろ、年を忘れて若い人以上に行動的で食欲旺盛で
好奇心が強く、負けず嫌いで、議論好きで、
という面を持ち合わせていると自負しているのです。
それは今度のように私の妻がスポンサーである時は尚更なのですが
平時に会費制形式で各自負担の行事に参加したとしてもほとんど変わりません。
とにかく全員が顔を会わせるだけでもはしゃぐのです。

さて、8月21日東京駅から7人が東海道線に乗り込み、
9人分の席を確保します。
2人が横浜駅で加わります。
取り敢えず、9人が同じ電車に揃ったところで
かねて用意した、てんでに希望する駅弁に食らいつきます。
取り敢えずと書いたのは、最終的にもう2人が加わって
11人の集団となるのです。
行き先は湯河原駅でほんの近間を選んでいました。
私達夫婦も遠い昔に行ったことがあるかなぁ〜程度の
記憶の温泉地ということもあって、行ってみたかったのと、
此の度の仲間の一人の病が治ったばかりで遠出は避けようというのと
もう一つ、遅れて来る夫婦2人が
遠くては時間的に参加出来なくなるおそれもあったという
あれやこれやの理由で、奥湯河原となったのでした。
順に話を進めて行きますと、
湯河原の駅には手配通りに大型タクシーが待っていて、
途中の観光スポットを真鶴、根府川と廻りホテルへ到着したのです。
道中、タクシーのドライバーは歴史にやけに詳しくて、
いろいろ細かい説明をしてくれました。
私には余り興味をひくこともなかったのですが、
仲間の1人がドライバーの説明から30分か1時間程経った
別の場所を走っている時突然、
「年を取ると記憶がにぶると言われているので、
 ここでテストをする。」
といきなり切出したのです。
源頼朝が平氏に追われて一時真鶴の港から安房へ船を出したのは
いつのことだったかを覚えている人はいるかという質問だったのです。
中々思い出せないままでいたので、私が1180年8月27日だと答えたのです。
皆がびっくりしたのは当然ですが、私自身何で覚えていたのかを考えると
その時8月という月と27日が私の誕生日に近いなと
何となく1180年だけを覚えておこうとして、
その年月日をたまたま頭の中でくり返していたところにあの質問で
私としては得意となって答えたという次第ですが、
こんなたわい無いやりとりの中に
年を取って世の中についていけなくなってはならないという思いが
皆にあってのことなのです。
他人が知れば、涙ぐましく思う話だと思いますが、
結局我々はやはり年寄りで、年を取ることを気にしていることなのかもしれません。

さて、遅れて来た友人の事情とはこうです。
彼は競走馬の馬主で本業のかたわら長年に亘って数十頭の馬を保有しているという
私達の中では希有の存在です。
その日も持ち馬が走るので、その走りを見て急ぎ駆けつけるということになっていたのです。
この日の馬場は新潟ということでテレビ観戦だったようで、
着外に終わり、かなり負けたと言っていました。
さて、彼が到着してメンバーが揃ったところで恒例の麻雀です。
夕食までの寸暇を惜しんでの戦いが始まりました。
今回の話題の中心はまたも麻雀にまつわるものです。(つづく。。。)

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