師走雑感 1 2011-12-07 [思索]
今年もとうとう12月になりました。どうしてか、このところばかに忙しい日々を送っている気がします。全くそれが個人的なことなのか、それともそれ以外の人間の場合はどうなのか考えたりもするのですが、まとまりません。
偶々、先日同い年(73才)の友人と電話で話していましたら、彼と同年代の友人が今年3人も亡くなったというのです。更に聞けば、その中の2人は何と私の友人でした。中学1年生の時の同級生です。改めて人生のはかなさを感じ、彼ともしみじみ自分達の今、及びこれからの生き方についてもう少し考えてみよう等と話し合ったのです。同時に思ったのは、自分達がもし突然、死に直面する事態となった時、このままで問題はないのだろうかという根本的な事です。理屈ではそれなりの準備をすべきと思い、日頃書物で終活について調べたりするのですが、現実には行動が伴っていません。いつ、どこで、何が起きるかわからないと思えば、しっかりしなくてはならないのですが、なかなか私はそうはいきません。心のどこかで、”それはまだ先のことで、いずれそうするつもりだ”などと思ったりして時間はどんどん経過していきます。実は毎日本当に忙しいのです。まわりの人はそれが歳をとらない秘訣だから無理に隠居する必要はないと励ましてくれますが、それとは裏腹に世に言う老害を振りまいてはいないかも気にしなくてはならないと自戒するのです。
何はともあれ今月、来月とスケジュールはびっしりで、まだまだ休めません。(つづく。。。)
カジノ余談 2011-10-28 [趣味]
最近、テレビや週刊誌でニュースとして伝えられ、しかもスキャンダラスな話題にもなっている一件で、私のみならず一般の人の興味をひいているのが、大手製紙会社の前会長への80億とも100億ともいわれる巨額の融資金の問題です。事件性があるのかどうかは私にはわかりませんが、お金の使われ方が明確ではないものの、その多くがマカオ・ラスベガスのカジノで使われたというのでそれだけの大金を一体どんな使い方をしたのだろうかと、ひとしお関心が高まりました。ここ数日、私はカジノ体験の話を書いて来たことでもあり、この話題に関連して私がふと考えたことを書いてみようと思います。
まず、私のカジノの規模と本件のそれとは、まるで次元が違うということです。例えて言うならば、蟻同士の戦いと象同士の戦いの様なもので、比べものになりませんが、仮に噂の通りカジノで使ったものとして勝手に想像すれば、考えられるのはVIPルームでのバカラゲームです。もしかしたら、ポーカーかも知れません。私はポーカーはやりませんから、どうしてもバカラが頭に浮かんでしまいます。これまで私は何かの手違いで巨額のチップを賭けているバカラゲームの場面を目撃したことがあります。テーブルの上にはざっと見ても数千万円という額に相当するチップ(板の時もあります。)があって、臆する様子も見せず、平気にベットしています。最少チップを置いている場面でさえ、何と500万円相当のチップなのです。こんなゲームをやる人間は一体どんな職業の人間なのだろうか等と意味のない思いで見守ったりしたことがあります。この様なゲームの結果について後になってささやかれるのは億単位の勝ち負けの数字なのです。そして、この様なゲームは1晩だけでなく何日か行われ、その振幅の度合いが大きくなっていくのでしょう。そんな事を思い出しながら、今回の話題も数億円はおろか数十億円のやりとりがないことはないと思ったりします。 ギャンブルは数百円、数千円単位でゲームをする人、数万円、数十万円単位、数百万、数千万単位、数億円単位でゲームをする人と色々あるようですが、ゲームの基本は同じで取ったり取られたりの世界の中でそれぞれのレベルでの戦いぶりによって、結果が出るのでいずれであっても熱くなり、ど壺にはまって抜け出せない状態での判断は、私の体験から言えるのは、いつもいつも負けを取り返したいという思いが強烈に込み上げて来て、次は必ず勝てると信じるしかなく、負けるなどとはこれ程も思えない状態の連続でなされます。こうなると持てる資金の全てどころか、借りてまでつぎこむというケースがあるのです。無限の資金があるのであれば、最後に勝てる場面も理論上あり得ますが、リミットがベットにあったりもするので現実的でないのは明らかで、大概は大負けのまま終わるのです。だから、カジノハウスは繁盛するのだというのが定説です。
こんな大金をどうやって持ち込んだのだろうという憶測もなされていますが、それよりも何よりも金銭感覚を麻痺させることがカジノ側の狙いである以上、これにどう対抗するのかというのは馬鹿馬鹿しいほど簡単な理屈で言うと、(1)まずカジノには近づかない。(2)カジノで遊ぶ予算を決めて、レストランやシアターでの楽しみの代償と同じと考える。(3)チップの額をいつも実生活で使う現金としてとらえる(4)偶然勝ってしまったらその時点で思い切りよく止める。こんな風に考えるのは凡人だからなのでしょう。私としては凡人でよかったとしみじみ思っています。 巨額を賭ける人の背景には私の想像を超える事情もあるのかもしれませんが、私のやるカジノゲームとは別次元の出来事として見る他ありません。(おわり)
マカオでバカラ5連勝 そして6連勝達成 3 2011-10-27 [趣味]
ロ)10月18.19日の戦い
5連勝達成の偉業(?)は私に更なるチャレンジ精神を呼びさまし、6連勝を強く意識することとなりました。本気で挑戦すべく、この日に臨んだのでした。この度は幸運にも私の周囲に最初から最後までハイローラーは見当たらず、気持ちも穏やかにゲームを出来たのでした。この時の穏やかな気分は更なる効果につながったのです。それはゲームにおいて重要なる注意事項の一つに、熱くなってはいけないという一項で徹頭徹尾、冷静沈着に振舞う事が出来たのです。そうなるとPに来るか来ないかの判断が高い確率で的中することが多く毎回毎回自信を持って対峙できたのです。
その具体的な例を一つだけ述べますと、仮にPを連想してチップを置いてそれが負けた場合、決して熱くならず冷静に、今回来ると思ったのは一回だけ早すぎたに過ぎず、正しくはこの次に来るに違いないと考えおもむろに今負けたチップを上回る額のチップを置くことにしたところ、それが見事当たり、前の負けを取り戻しただけでなく、更なる勝ちを増やすことになったのです。このやり方でやり続けた結果、出来過ぎと思える位的中して6連勝が実現できました。それも夜の早い時間に達成出来てしまい、例のごとく部屋でゆっくり眠れたのです。
こういう展開を聞いて他人は自分と一緒に喜んではくれまいと思うとじっと自分の中にしまっておくべきなのですが、余りの嬉しさにここまで調子に乗って書いてしまいました。念の為に書き添えますと翌日午後一時過ぎのフライトまでの限られた数時間を、今回のつきに乗って勝ちの上乗せをしようという誘惑をぐっとこらえて、何もせず時間の経過を待ったことが間違いなく今回の勝ちを確定した理由に他なりません。バカラゲームは負けだすとアッという間に多くのものを失います。いとも簡単に勝から負けに入ってしまい、そこから抜けだそうと熱くなると泥沼に入り込むことは必定です。何もしなければ負けることはないという真理を体得出来たのは、まさに悟りの境地に到達したと自分で言い聞かせるのです。
一方で別の疑問も起きます。時間があるのにゲームをしないとは、一体何しにマカオへ行くのだという素朴な疑問です。過去、或る時期に私はこの疑問に自問自答して、いかなる結果をも受け入れて来ました。つまり、カジノに来たからにはとことんゲームにこだわりゲームを楽しむのだ、勝ち負けはその時々の結果にすぎないという解釈に酔っていたのです。特に負けが混んだ時には尚更その思いを強くしていたのです。今の瞬間はゲームは楽しい、勝ったゲームはもっと楽しいと思っています。誠に勝手としか言いようがありません。(おわり)
マカオでバカラ5連勝 そして6連勝達成 2 2011-10-26 [趣味]
そういうわけで、あとはしばらく私と仲間のY氏と2人でバカラゲームを楽しんでいたところへ、私の隣りの席へさっきとは別の中国人の客がつき、ゲームに参加して来ました。見ると手元には既に巨額のチップを積み上げています。どんな打ち方をするのかと気になって彼のやり方を観察しつつ、例によって私はPにちまちまと置きます。一方彼はドカンドカンと大きくはっていきます。彼も私も取ったり取られたりと繰り返していく中に、彼の方に来るケースが多く彼の前はチップの山が大きく積もる一方で、私はかなり圧倒させられました。次第に彼は自信を強く持ち始めた様で、負けた時も動揺もないように見え、次の回で必ず取り戻すという具合に彼のペースでゲームは流れて行きます。こんな時、通常は周囲のゲーマーはついている彼に乗っていくものですが、私は私なりのやり方をかたくなに守りPの一点ばりです。ところが、ところがの話をこれからしますと私が好きなPが3回続いた時、私の頭をかすめたのはPの4回目は絶対ないだろうという確信めいた暗示でした。そこで私は見(ケン)を決め込んだのです。彼は迷わずにPに置きます。さすがにチップの量はやや減らしています。同じく私の右隣りのY氏は先ほどからついている件の中国人に乗ったままPに置いています。結果はBでなくPと4回目が来ました。私の判断はPは来ないという確信はゆるぎません。したがって又、ケンです。両隣りの2人はセオリー通りPに置きます。Pは5回連続で来ることになり、私は金縛りにあったように動けません。実を言いますとこの辺で思い直してPにおいてみるべきか思い始めていたのですが、もう少しケンを続けようとそのままじっとしていました。
ゲームは6回目もPです。表示板の縦枠は連続6枠が1行で、めったに6回の連続はないと言われていますが、前にも書いたようにこんな時は目が変わるまで置きつづけよというのがセオリーなのです。この次にPが来る時は右へPの印がついて、アルファベットの”L”の型を作り始め、Lのパターンと良くも悪くも面白いゲーム展開なのです。私の迷いは別の点に移り始めたのでした。それは、ここまでずっとケンをしていた私が今更のようにPに置いてしまうと、それがきっかけでPの場は終わってしまいはしないか、そうしたら「お前が置くから目がかわったのだ!」などと思われるかもしれないので、そのままケンを続けるのが順当な判断かと自分に言い聞かせて、成り行きを見守っていくしかありませんでした。隣りでY氏はPにしか置かない私を知っていて何故こんなチャンスを見逃すのだと本気で私に参加を推めるのでしたが、私の心の中の気持ちを伝えられず、じっとこらえていたのですが、何と何とPは13回まで出続け14回目でBに変わったのでした。当然私のチップはPの3回目までのままでしたが、両隣りの2人は相当に勝って勝ちまくったというわけです。私はそこから先、ゲームを続ける気になれず、そのテーブルを離れました。
その後は別のテーブルで私のペースを取り戻し、ゆっくりゆっくりと勝のチップを増やし続け目的の勝利の額をはるかに突破して、早々と部屋に戻ることが出来たのは私にとって極めて満足の行くことでした。この日の嵐のようなゲーム体験は、ハイローラー(大ばりのギャンブラー)と同席をすると私自身培ってきたゲーム感覚に影響を及ぼすことになり、そういったケースは極力避けていきたいという大事な教訓でした。
<蛇足>翌日Y氏に昨日の後のあの大勝ちの中国人某氏とY氏の戦果について聞いたところ、夜半頃までに2人共勝ち分は全部吐き出したという事を聞いて、変に納得したのです。つまり、勝ちの場面がずっと続くことは有り得ないというセオリーを思い出したのです。(つづく。。。)
マカオでバカラ5連勝 そして6連勝達成 2011-10-25 [趣味]
前回予告した通り、10月5.6日の1泊2日にてマカオに行きました。初日は昼過ぎに到着、2日目夜の8時の出発という滞在時間は私にとって理想に近いものであります。ねらい通りの5連勝という成果は通常はあり得ないことで、多分これを聞いた人は本気にしないかもしれません。しかしこれは事実で、なぜそれが出来たのかは追々説明するつもりですが、これまでの戦いぶりを読んでいただいた方は何となく理解してもらえると思うのです。カジノ必勝の法則はないのですから、この結果を残せたことで私なりに毎回の戦いを不敗で終えるのは可能だと思い上がった自信がついてしまったのです。その証拠に今月、18日、19日と出向いた時の結果が6連勝を実現できました。今回の話はこれら二つの戦いで私が実際に体験した忘れられない出来事について書いてみたいと思います。
イ)10月5.6日の戦いで
或るバカラテーブルについてゲームをしていますと、隣りに中国人の男性が来て座りゲームに参加しました。彼が賭けるチップの量は私のそれに比べおよそ10倍と高額で私としてはとても気になります。彼も私も同じP(プレイヤー)に置きます。勝負結果はPで彼は大勝利、無論私も勝ちは勝ちですがそこそこの勝ちです。次も彼は再びPに同じ高額のチップを置きます。私も、ちまちまとPですが結果は続いてPが来て、隣りの彼の収穫は大きく、私のは知れたものです。さて問題は次の予想です。私はいつものようにもう一度、つまり3回目Pが来ると信じPに置きます。すると隣りの彼は最初置いたチップは2勝で3倍になっているのですが、何と今度はBに置き換えオールインです。こういう時、大バリをする人の向こうをはって反対側に小さく置くのは気が引けます。したがって私としてはBに付き合うわけにもいかず、Pを続けるのもはばかれて見(ケン)をすることにして様子を見ることにしました。隣りの彼のチップは巨額です。複雑な気持ちで見守る中、結果はPで彼は全て失いました。ほんの一瞬にして日常生活での貨幣価値からすれば、日本の普通のサラリーマンの月給の3ケ月分相当と思える金額がすい取られたことになります。彼はそこでサッとたちあがって、どこかへ消えました。
話はまだ続きます。(つづく。。。)
マカオで4連勝 2011-09-28 [趣味]

マカオタイパブリッジの夜景
マカオで4連勝 2011-09-27 [趣味]

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(c) blue horse|ストックフォト PIXTA 真鶴港













