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<title>『私と中国石材』</title> 
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<modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
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<name>namikitakashi</name> 
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<tagline><![CDATA[中国石材輸入に関わって来た事、石材事業経営の事、はたまた、カードゲームや麻雀の事等、楽しく、時には厳しい思い出話もご紹介して行きます。長くおつきあい下さい。]]></tagline> 
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<title>今時、設備投資のわけ　　　　　　　　2012-05-22</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-05-22 17:27:40+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-22">
<![CDATA[
<p>墓石業界はその中に様々な業態があります。<br />簡単に言えば、生産者、販売店、問屋・商社の３部門に分けられますが、<br />各々に関与する業者は、例えば機械メーカー、工具メーカー、資材メーカー、<br />その販売業者、CADメーカー、寺院、霊園開発業者、建込み工事業者、<br />文字彫刻店、加工業者、チラシ広告会社、輸入商社、問屋、業界マスコミ、<br />石材ブローカー、関連の商品メーカー、その販売業者、等々、数えあげて行くと限りなく広がっていきます。<br />３つに大別した中のメーカーは、当たり前ですが生産設備を有しています。<br />小売店はどうかといいますと、墓石を建てる従来型の墓地に加えて<br />近年は霊園という墓石の受け皿は大事な装置といえると思います。<br />問題は我社のような輸入商社は装置産業なのかどうかの認識であります。<br />私自身は創業当初から石材専門商社は装置産業であるべき必然性があると認識していました。<br />私の認識によると石材商社の装置とは、一定の広さの土地、<br />及び建物（検品用、保管庫、展示場用）付帯するクレーン、コンテナピット、<br />フォークリフト、ユニック車を最低限備えていることを指します。
<br />石材製品は他のJIS規格で管理し得る工業製品と異なり、<br />出来た品物は2つと同じ物はなく、しかも最終需要家のニーズに応えなくてはなりません。<br />海外で作られて輸入されるパターンが主力となっている現在の墓石業界にあっては<br />商社の役割は極めて重要であると考えます。<br />今後拡大しない墓石市場を維持しつつ、出来ることなら少しでも大きくしていくためには、<br />まず第一に商品の安定供給、第二に需要の喚起、第三に良品の提供が挙げられます。<br />私達がよって立つ墓石業界全体を観ながら業界発展のためどのように貢献出来るかを考えて事業展開をしなくてはならないと思うのです。（つづく。。。）
</p><a name="more"></a>
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<title>今時、設備投資のわけ　　　　　　　　2012-05-21</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-05-21 18:25:52+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2012:namikitakashi.53273242</id> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-21">
<![CDATA[
<p>私の会社は墓石業界に属しています。<br />この業界について一般に言われることは、少子化が進む日本にあっては成長産業になり得ない、<br />従って今後どうなるのかを明確に予想出来ない。<br />このことだけを見ると、そんな業界から早い中に抜け出して<br />他の発展が期待出来る業界に転じることを考えた方が良さそうに思えます。<br />それに今では供給の8～９割を中国が占めている現実とその中国側の事情も人々の生活水準も上がり、<br />いわゆる3K業種の石材業に若者は来たがらないのです。<br />つまりは供給の安定すら危ぶまれるのです。<br />そんな中、私の会社は新たに設備投資を計っています。<br />今回は仕事の話で少し堅苦しいかもしれませんが、<br />お墓のことですから一般の人々の生活の一部でもあり、<br />関心を寄せていただきたいという気持ちで書いてみたいのです。（つづく。。。）</p><a name="more"></a>
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<title>ブログ発信停止中の出来事など　　　　　　　2012-05-15</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-05-15 09:21:04+09:00</issued> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-15">
<![CDATA[
<p>その男K君はそれまで一度もランクインしていなかったにも関わらず<br />
最後の最後の3月にランクインしたことをからかって特別な手品でも使ったのではないかと冗談を言いますと、<br />
真顔で何としても「蟹」が食べたくて頑張りましたとの返事です。
<br />こうなると私としても約束を果たさねばという気になって
<br />蟹料理の店からメニューを取り寄せ、料理を決め、
<br />予約をする段になって、またまた一計を思いつきました。<br />
それは12ヶ月12回のランキングに名前の上がった者は24名ですが、
<br />ランクインした数にかなりのバラつきがあり、
<br />24名全員同一に取り扱うのは不公平とばかり、料理に差をつけてみることにしました。
<br />12回連続で出ている者から1回のみの者の中で回数に応じて、
<br />A.B.C.D.の4つの級に分けてみました。当然、内容に差があります。<br />
私としても半分遊び気分で提案し報奨したという思いから、
<br />そのような遊び心を見せることにしたのです。
<br />この仕掛は当日その場まで公表しませんでした。<br />
席順はいつもとは違って役職順でなく、ランキングで分けたA～Dに着席を指示し、
<br />各々の前に料理が並び始まります。
<br />すると明らかに違うものが置かれています。
<br />ようやくＤ級は、A級は勿論、Ｂ級、Ｃ級とも違うことに気づきます。
<br />ランクインした全ての人は賞賛に値すると食事に招待したわけですが、
<br />その中でも1回と12回で同じという訳にはいかぬと一方的に説明し納得させ、<br />
そのかわり酒は好きな種類を好きなだけ飲んでも良いと付け加えました。
<br />どうなったか？
<br />想像の通り、よく飲んでくれました。<br />Ｄ級のすさまじかったことは論を待ちません。
<br />でも「来年はAの席に必ず着くぞ」と心強い発言を聞けたし、
<br />どうやらこのイベントも無事大成功の中に完了しました。（おわり）
</p><a name="more"></a>
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<title>ブログ発信停止中の出来事など　　　　　　　2012-05-14</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-05-14 16:59:20+09:00</issued> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-14">
<![CDATA[
<p>会社にはおよそ60名の営業マンがおり、各々売上を伸ばさんと毎日努力しています。<br />
誰がどの位の実力なのかを示す毎月のランキング発表は彼等にとってインセンティブになっているようでした。<br />
夏頃、10位までの名前の発表だけでなく、他に励みになるような仕掛けはないかと思いつき、<br />
日頃から懇意にして頂いているお得意様ご夫婦と偶々北海道旅行で食した海鮮料理が美味しかったことと、<br />
これもその頃偶々私が一時的にふところ具合が良いこともあって、<br />
皆の前で思いつきのように1年間のランキングで良い結果を出した者には、<br />
私のポケマネで「蟹の食べ放題」をご馳走すると言ってしまったのです。
<br />やがて2月になりランキングもあと1回を残すという時、それまでの11ヶ月の結果を検討して見ると営業60名中23名が各月の10位までを構成していることがわかりました。
<br />最後の3月もこの中から決まるだろうと予想して私から約束した「蟹の食べ放題」の食事会の具体的な準備にかかりました。
念のため、昨年私が思いつきのように言ってしまったその件を忘れてくれているかどうかそれとなくチェックを入れて見ると、何と忘れるどころか期待がかかっている風で、上位5名位で良いかと勝手に思っていた私としては、これはまずいもっと枠を増やさねばおさまらないかも知れぬと思い、こう言い直したのです。12回のランキングに1度でも名を連ねた者は全て食事招待の対称とすると。
<br />3月の数字を締めてみると予想に反して、先の23人の他に新たに名前の上がって来た者が出現したのです。<br />
しかもどんじり10位にやっとひっかかったのではなく、何と7位でのランクインでした。これで対象者は全員で24名が決まりました。（つづく。。。）
</p><p>お墓さがしは、はかどこ.comがご相談を承ります。お気軽にどうぞ。<a href="http://hakadoko.com">http://hakadoko.com</a></p><p><a href="http://hakadoko.com" target="_blank"><img src="/_images/blog/_47a/namikitakashi/m_Facebookgazoumoto100-80.jpg" border="0" alt="Facebookgazoumoto100-80.jpg" width="100" height="80" onclick="location.href = 'http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_Facebookgazoumoto100-80.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><a name="more"></a>
]]> 
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<title>ブログ発信停止中の出来事など　　　　　　　2012-05-12</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-05-12 11:58:40+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2012:namikitakashi.53088394</id> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12">
<![CDATA[
先ず、忙しかった仕事の中から興味を引きそうな話題をいくつかひろってみたいと思います。<br />
今日の話は私が主催した或る社内食事会のことです。
<br />昨年社内のある者からの提案で営業マンのインセンティブになるのではないかと、<br />毎月の売上のランキングを社内に発表するのはどうかいうものがあり、<br />私もいく分気になることもあったのでしたが、<br />面白いかもしれないと思いました。<br />4月から3月までの12ヶ月、各月の売上金額の多い者順に10位まで、<br />数字を出さずに名前のみを発表したのです。<br />気になったこととは営業一人一人の置かれた立場により有利不利があるかもしれないからであります。<br />それは北海道、東北、上信越という冬季に積雪の長い期間を担当する部署の者は<br />本人の努力にも関わらずランクイン出来ない月があることや、<br />地方と都市の顧客層の販売量の違いが明らかで、不公平感はないかどうか、<br />そして、結果的に逆の効果につながりはしないかという懸念でした。<br />それでも結局は実行したのです。
（つづく。。。）<a name="more"></a>
]]> 
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<title>ブログ発信停止中の出来事など</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-11" />
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-05-11 10:23:25+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2012:namikitakashi.53071193</id> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-11">
<![CDATA[
<p>2月2日に発信したブログから今日まで（5月11日）まで唯の一度も書きませんでした。<br />というよりも、書けませんでした。<br />というのは事業会社グループ全体の経営を見る立場に身をおいたつもりが、<br />或る事情で業務の現場を見ざるを得なくなり、文字通り繁忙の毎日を過ごしているからなのであります。<br />つまりは、言い訳で自分自身に余裕を持ち得なかった腑甲斐無さを恥じています。
<br />が実を言いますと、その間仕事だけに集中したということではなく、<br />振り返って見ると「忙中閑有り」を絵に描いたようで、随分とスケジュールをこなしたものだと今更の様に思ったりしています。その中のいくつかの例を思い出しながら書いてみようかと思い立ったという次第であります。<br />言い訳の理由にした「或る事情」についてはいずれ書きます。<br /> さて、このブログ空白３ヶ月間に私の身の回りで起きた事とは、勿論<br />①仕事における毎日の対応は当たり前でその寸暇をぬって<br />②レジャーとしての日程消化があります。<br />このレジャーの存在が翻って仕事に没頭できた根源と認識したいのですが、<br />これは人により賛否のあることは承知しています。<br />仕事もレジャーも結構面白い事がありまして、順不同で書いていきます。（つづく。。。）</p><a name="more"></a>
]]> 
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<title>新年早々忘年会　　　　　　　2012-02-02</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-02-02 14:44:48+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2012:namikitakashi.49353603</id> 
  <summary type="text/plain"> </summary> 
  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-02-02">
<![CDATA[
時差の違いこそあれ、世界は同じカレンダーで動いていると思っていますので、日本であればにほん時間の12月31日は大晦日の年越の行事を行い、12月を中心にあれこれ忘年会があります。明けて1月1日は元旦の行事があり、元旦から松飾りのある間の松の内の日々を新年の特別な季節の様々な行事があるわけです。それも今は昔の懐かしい話に思える様な時代に変わりつつあるあるのも事実ではあります。そうは言っても、やはり正月は正月の趣きを感じるように体にすり込まれている様に思えます。そこを区切りとして過去を振り返り新しい一年の計を立てるというのも意義深く、それぞれに気持ちを新たにします。そういうわけで私も今年をスタートしたのでしたが、偶々、1月12日から中国を訪れ、知り合いの中国の人達と会った時の私は、当然1月ですから「新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しく」と型通りとは言えまじめに挨拶をしました。それに対して、さすがに「新年好」とお返しの言葉があったのでしたが、実は彼等中国人の気持ちはまだ旧年中で、今まさに年の瀬を迎えようとしているのです。
というのは、今年は1月23日が旧正月元日ということになっており、私達とは別の次元にいるのです。その証拠に、その日中国人の会社仲間が集まって忘年会をやることになっているので参加してほしいと誘われました。昨年の内に忘年会を何度も済ませた私としては不思議な感覚で新年早々“忘年会”に参加したわけです。その席で挨拶を求められどう話すべきか一瞬迷いましたが、私としてはやはり新年の言葉でやる他なく、“忘年会”で新年の祝辞となってしまったのです。まだまだ、中国は旧の正月を祝うのが習慣として強く残っている現場に出会わしたのです。
実は今回これが初めてでということではなく、何年か前もその経験はしていたことを思い出したのですが、その年の旧正月は2月の中頃を過ぎていたのではなかったかと思いますが、その頃は新年の挨拶をするにはかなり日も経っており、さりとて忘年会にはあまりにも早すぎると冗談のような体験もありました。この旧暦と新暦による生活習慣の違いはそれぞれの文化の伝承とも関係があり、中々味わい深いものがあります。
しかし、中国といえども旧から新に生活様式が変わり、そこに生きる人達もいつの日か旧の行事が遠い昔の話になってしまうのかもしれません。（おわり）
<a name="more"></a>
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<title>負けなかった理由　　　　　2012-02-01</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-02-01 10:36:14+09:00</issued> 
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  <summary type="text/plain"> </summary> 
  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-02-01">
<![CDATA[
この話にはもう少し補足したいことがあります。それは負けそうな予感、或いは勝てそうにない予感を自分の中でどの様に処理するかという問題です。今まで触れませんでしたが、今回中国石材会社のZ社長とY社長の2人の友人が一緒でしたが、Z社長はいつもの様にマイペースであまり大きな振幅のないゲームをしています。もう一人のY社長は前夜私がひき上げる時点で、負けが込んでいた様でまだしばらく続けるとのことで、Z社長と私は部屋に戻ったのです。翌日の昼過ぎにY社長は私達の前に現れ、前夜の戦果を聞くとある程度負けを取り戻せたと、今日は帰るまでに必ず負けをとり戻すつもりで、出来れば勝つのだとも言っています。その時の私は先に書いた様に既に２回目の予算を使い果たし、投了と決めていたところでした。ですから最後までゲームに参加しなかったのです。
彼のゲームの観戦に徹したのですが、どうやら彼はつきを取り戻し、負け状態から見事、トントンのところまでこぎつけたようなのです。ゲームの表示盤を見ると典型的なパターンが出ています。バンカー（B）とプレイヤー（P）が替りばんこに続く、俗に言うピンポン場があったり、（B）が連続して出る“ツラ”の場があるかと思うと今度は（P）の“ツラ”の場が長く続きいわゆるL字を形造りそうな気配です。Y社長は、その流れをうまくつかみ勝ちを増やしています。後ろで見ている私に向かって、「あなたは（P）に置くやり方でずっとやって来たのにこの様な（P）の目が出る時にやらないのは何故だ、やっていれば間違いなく大勝出来たのに」と他人事ながら悔しがって見せます。正直、私としてもこうなるとわかっていれば、ゲームに参加して勝ちたかったのはやまやまですが、実はこの様な場面での行動を決める問題をどう考えるかであります。ゲームに参加して勝を取りに行くべきか、或いはそのまま観戦を続けるかということなのです。結果をみれば誰の目にも明らかにやっておけば勝てたのですが、次に（B）が来るか（P）が来るかはその時その時は不明です。常に「大数のゆらぎ」と「50％の確率」の論理の中で複雑な思いが駆け巡ることになるのです。これがゲームの醍醐味に違いありませんが、今の私としては、負けるかもしれない、勝てないかもしれないとおそれを感じる時は、おそらくゲームの最中に誤った判断をしてしまうのではないかと思うと参加しようという気になれず、ずっと見ていました。誤った判断とは、結果として小さく勝って大きく負けるというギャンブルゲームの最悪のケースです。Y社長はうまく（P）の“ツラ”に張り続け勝ちに行っています。問題はそこから彼のとった行動です。そこまで彼はまちがいなく相当に勝を得ていましたが、次も当然勝てると信じて勝ちチップの全てを置きました。彼でなくても誰でも帰りの時間もせまっている時は、ここで大きく勝ってゲームを終了したいものと考えたくなる場面です。ところが、何ということか、次の目はそれまで続いていた（P）ではなく（B）に来てしまいました。ここでやめれば今回はトントンで終了というところです。私の心の中ではここで止めたらどうかと言うべきと思いながらも、彼の心情を考えると黙るしかないとじっと見ていました。そうすると、彼の取った次の行動は手持ちのチップの全てを張るではありませんか。言うところのオールインです。おそらく今までの目の勢いを信じてやはり（P）に置いたのです。次の目を固唾を飲んで見守ります。結果は続いて（B）と来ました。ほんの数分間のたったの2回の勝負で彼は全てを失ったのです。一方の私は、何もしなかった為、勝って帰れます。この現実をどう考えたらよいのでしょうか。このことについては絶対こうあるべきという正解はないと私なりに思います。或る意味その人間の人生観によるところも大きいと、そこまで言わなくてもバクチ観によるのであって、それも人生経験の時々によって異なった判断をすることもあると思うのです。ともかく今の私はここで述べた通りの判断のもと、今年の初回を負けずに終えました。次は２月に予定を入れています。（おわり）
<a name="more"></a>
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<title>負けなかった理由　　　　　2012-01-31</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-01-31 14:20:11+09:00</issued> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2012-01-31">
<![CDATA[
<p>この前、今年のマカオ初戦を白星で終えたと書きました。再び、自慢気にそのわけを勝手に分析します。昨年12月8連勝（麻雀では「パーレンチャン」という役満が有りますが、役満に数えられる程達成は難しいとされています。）に挑んで見事失敗したことは告白した通りです。そこで失ったもの、得たものについて一所懸命考えて思い当たったことをざっと12月30日のブログに示したのでしたが、正にあの負け戦で学習したことをその通り実践の中で実証してみようと固く心に誓って望んだのでした。</p><p>
明らかに失敗の原因とは、<br />
イ．	それまでの7連勝した成功体験が自信過剰となり、バカラゲームを軽く見てしまい<br />　　　最初から緊張感を持たずに臨んでしまった。<br />
ロ．	年間の金銭的大勝利を夢想して短期決戦で行こうと大き目にチップを張っていったこと。<br />
ハ．	途中のゲーム展開の悪い流れを深刻に受け止めることが出来ずに、マネーマネジメント、<br />　　　つまり賭けるチップの多寡をコントロールすることを忘れ、只々今回勝てば<br />　　　負けを取り戻せるとの一点に気持ちが固まってしまっていた。
<br />ニ．	従って、与えられていた滞在時間の許す限りを使って、結果負けを広げてしまった。<br /><br />

この様に深く反省したことが、逆説的に大きな収穫であったと思えたのです。そして、その上でのこの度の挑戦でした。では、今回の白星のわけについて書いてみます。

先ず、気持ちを整えるため、バカラゲームの怖さについて思いを寄せ、慎重に戦おうとしっかり心に決めました。大きく張りはじめることをやめ、少ないチップのやり取りを続ける中にゲームの流れが把握出来たのです。当然、このやり方は仮に当たらなくても手持ち資金を余り大きく変えることなく、ゆっくりと落ちついて戦うことが出来ます。特に私のようにハイローラでない一般のゲーマーはこの様にやる必要があるはずです。そして、ある場面で、次の目を強く感じる時を逃さずにチップの量を増やしてみるのです。ここが一番大事なところです。大概この判断が出来ず大きく勝利すべき時にそれが出来ずに良くてトントン、下手すれば負けを重ねて終わるというケースが多いのでしょう。
</p><p>さて、今回諸々の反省を反芻しながらゲームを進めた結果、始め予定した目標額を越えて1日目を終了したのです。問題は、翌日のフライトまでの時間の過ごし方です。私の最近の独善的セオリーとして、例えゲームの時間が余っていても、前段に勝ちが確定出来た場合のゲームは全て終了と自己宣言をするという結論めいたものに支配されているにはいるのですが、実は2日目の朝起きてみると今回のやり方は誤ってなかった。さすればもう少し勝を増やすことは可能かもしてないというあの悪魔のささやきが聞こえてきました。仕方なく（？）改めてその日の予算を決めて、どれ程増えるかだけを夢想し楽観的にゲームを再開することになりました。相変わらず少額チップで様子をみます。
一進一退が続く中、やがて負けが込んで来る流れとなってしまい元に戻せません。そこからの判断が大きく分かれます。せっかくの勝てそうな今回のチャンスをものにするためには当初の予算の組み直しをすべきか、はたまたここで踏ん切りをつけ手仕舞いすべきかという2つの判断です。そうです。察しの通り私はそのまま終了の道を選びました。結果は前夜の勝を若干減らしたものの、私にとってはかなりの勝ちを手に出来たのです。
（つづく）</p><a name="more"></a>
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<title>減量                    2012-01-30</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-01-30 09:22:29+09:00</issued> 
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<![CDATA[
昨年11月に体験した「断食道場」に、今度は妻と二人で12月31日から正月5日までの5泊6日の長期（？）滞在に挑みました。
前回の友人と3泊4日の試みで概ね実情を理解していましたから、2回目の今回は大晦日、元日と通常なら一年の大イベントの時節であることと、初めて体験する妻のことを考慮して、コースは2段目にゆるやかな「半減食」を申し込みました。文字通り、内容は少なめの野菜と六穀米をほんのちょっぴりを例の通り朝10時夕方6時の２回に食し、１日のカロリーは400～500カロリーとのことでした。前回は報告したように私の体重は3Kｇ減り、その後そのままキープしておりましたので、道場の先生には優秀とほめられ今回も頑張ろうなどと殊勝にも思い込んだのです。
結果を先に申しますと、私はさらに2Kｇ、妻は3Kｇ減量できたことになります。これでよかったのか、本当のところよくわかりません。というのは、修行中（？）は間食もせず、あまり運動もせず、ただ時間の過ぎるのを待ち続けるのです。そして、読もうと持ち込んだ書物も手に取るだけで、すぐに投げ出す始末です。テレビを付ければ年末年始のあのいつものにぎやかな番組が映ります。美味しそうなおせち料理も脳裏に浮かんでは消えます。
私たちの部屋は2階にあり、温泉や治療室は地階にあり、エレベーターはなく階段を自分の脚で昇り降りするのですが、始めは何も感じませんでしたが4日目頃からとてもしんどくなり、終わりには何ともじっと立っていられない程ふらふらして、本当におっくうになってしまいました。私だけがそうなのかと妻に聞くと、妻も同様楽でないと言っています。確かに目方は減ったのですが、肝心のお腹の周りの脂肪は前と同じしっかりくっついたままです。後日行きつけの医師から年を取って絶食する場合、大概はたまった脂肪が減るよりも筋肉が溶けるのだという話を聞き、憮然としてしまいました。運動を続け、筋肉を鍛えながら、たまった脂肪を燃やすというエクササイズが出来ない年寄りは無理な減量は毒なのだと何となく理解して、ある程度のカロリーを摂取しながら、しかも量は7分目8分目とするよう心掛けるべしとしばらくは様子を見ようと思っています。私にとって、目が食べたくなり、食欲も若い者に負けぬ程あり、これを我慢するのは至難のことではあるのです。元気に生き、人生を楽しみ続けるためにも気をひきしめねばと言い聞かせている今日この頃です。
<a name="more"></a>
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<title>マカオで「７連勝ならず」は「８連勝ならず」の誤り　　2012-01-27</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2012-01-27 17:35:15+09:00</issued> 
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<![CDATA[
昨年１２月３０日発信のブログのタイトル「マカオで７連勝ならず」に大きな誤りがあったことに気付きました。と言っても私以外の人にとっては誤りであろうとなかろうと、どうでも良いことなのですが、私にとっては後で読み返した時に偉大な事実を闇に葬ることは忍びないことに思えて、敢えて訂正しているという次第です。

１０月２５日のブログで６連勝までの経過について書きました。が、実は１１月２０日、２１日と７連勝を目指して出かけていたのでした。６連勝まで得意気に報告した当たりで私なりに照れを覚え、ブログでのこの話題は避けようと決めていたものですから、つい
１１月の挑戦の件は抜かしてしまったまま、１２月３０日に負け戦について慌てて正直に書いたものですから７連勝ならずとなってしまい、本当は「８連勝ならず」が正しかったのです。まぁ、他人様にはどうでも良いことなのですが、私にとってはそれなりの意義もあった大事でした。ところで今年は新規蒔き直しと心に決めて１月１３日、14日と出かけ、初戦に勝利した話はいづれ書くことになると思います。
<a name="more"></a>
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<title>マカオで7連勝ならず　　　　2011-12-30</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2011-12-30 11:23:24+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2012:namikitakashi.48174164</id> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2011-12-30">
<![CDATA[
<font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3">

</font><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><font size="3">



</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font size="2"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt" lang="EN-US">6</span><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt">連勝したところまで得意になって吹聴いていました。<span lang="EN-US">12</span>月<span lang="EN-US">13</span>日<span lang="EN-US">7</span>連勝を目指して良い気持ちをまたまた味わいたいものと自信満々に乗り込んだところが、見事に私の鼻柱はへしおられてしまい<span lang="EN-US">1</span>人密かに深く反省しています。<span lang="EN-US"></span></span></font></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt"><font size="2">出来ればこのままそっと来年を迎えたいものとブログでの報告を控えてましたら、何人かの知り合いの読者から「どうしたのか」と聞かれたものですから、やはり結果はどうあれケリを付けておくべきかと考えなおし、今年ギリギリ今日書いています。<span lang="EN-US"></span></font></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt"><font size="2">失敗の原因につき私なりに反省した結論を後のために書きます。その日私はそれまでの成功経験からゲームをかなり舐めてかかったのは事実です。ですから最後は必ず勝てるはずと勝手に思い込み、短期決戦の作戦で挑み、いつもより沢山のチップを張っていったのです。ところが、<span lang="EN-US">P</span>（プレイヤー）に来ると思ったのが、どうしてかそうならず、チップはどんどん目減りしてしまい、とりあえず一息入れるべく、席を離れます。<span lang="EN-US"></span></font></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt"><font size="2">ここまでは、まあまあのとり口で問題はありません。一休みした後、別のテーブルで同じ姿勢、つまり先程と同じくいつもより多めに張る作戦を継続しました。ところが、又々<span lang="EN-US">P</span>に来てくれません。更に手元資金は減るばかりです。結局、この度は只の一度も瞬間たりとも、手持ち資金を越えてチップを増やせなかったのです。バチが当たったとしか言い様がありません。本当のやり方はいつもの様に手持ち資金に見合う少額のチップからチマチマと時間をかけて戦うべきであったのに、いきなり勝利を手にしたいという欲望にかられ戦いを急いだためと思いながらも元に戻せませんでした。負けがこんだ時点では、一から出直すには時間と根気が必要で、それには自分が耐えられない心境に陥っていたのでした。<span lang="EN-US"></span></font></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt"><font size="2">というわけで、高い授業料を支払って貴重な反省を新たにしての今年の終了でした。来年は冷静になって始められるように、この正月休みに気持ちを整理してみようと考えています。<span lang="EN-US"></span></font></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font size="2"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 11pt">暮れから<span lang="EN-US">6</span>日間、断食道場に夫婦で立ち向かう</span><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">予定でうす。良い年をお迎え下さい。</span></font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font size="2"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（おわり）</span></font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span lang="EN-US"></span></span></p><font size="3">

</font></font><a name="more"></a>
]]> 
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</entry>
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<title>師走雑感　9　　　　　　　　2011-12-29</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2011-12-29 16:26:30+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2012:namikitakashi.48141173</id> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2011-12-29">
<![CDATA[
<font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3">

</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; line-height: 115%" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">今世紀に入ってからの中国石材業界の動きは、明らかに各企業が自らの利益追求を目的とした自由競争に懸命になっていったと言えます。そのきっかけは、先に触れた２００１年に中国が<span lang="EN-US">WTO</span>に加盟した後、以前は認められなかった貿易商社の設立が自由化され、いわゆるブローカー石材商社が乱立し、彼等がこぞって日本市場に対して色々な手段で営業活動をしかけて来たのでした。そのため、過剰供給の状態を作り上げることになり、乱売合戦となり、そのまま日本国内市場でも乱売が繰り返されるのでした。<span lang="EN-US"></span></span></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; line-height: 115%" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">　この様な時の買手としてのマインドが大切で、乱売乱買合戦に巻き込まれて、そのリスクヘッジのため、中国の生産工場を次々と変えていくやり方が平気で行われる中、我々と泉徳会との関係は本当にゆるぎのないものでした。目先の利益を追い求めるというやり方をしていると、現在直面している供給の不安の時代に希望通りの答えにならないのだと思うのです。<span lang="EN-US"></span></span></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; line-height: 115%" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">私は作り手である中国工場、売り手である小売店、そしてそれを結ぶ卸売商社は三位一体となって共通の利害関係の中で乗り切る必要性を強く感じます。<span lang="EN-US"></span></span></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; line-height: 115%" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">つまり、中国の人達の生活レベルが上がって給料もそれに伴って変動するという経済原理に立って、墓作りのコストをもう一度見直すことは間違いなく今後の安定供給に直結することと捉えるべきではないかという事です。しかも、先に述べたように墓石という商品の価格の認識を中国製だから安くあるべきという尺度でなく、物作りの正当なコストの標準という観点から考えることと、墓石（ぼせき）という商品のレベルから墓石（はかいし）に移行する時、単なる消費材や装飾品ということを離れた心の拠り所としての特別な価値観を発する存在として、「高い・安い」の経済性の基準ではない価値判断をしていくことで、満足や安心を感じることが出来るのではないかと思うのです。附言すれな、お墓は高ければ良いという意味ではなく、安くても高くてもそれを持つ人達が感じる生きる喜びとか安心感から、お墓があって良かったと思えることが大事なことではないかということであります。<span lang="EN-US"></span></span></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; line-height: 115%" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'" lang="EN-US"></span></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; line-height: 115%" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">　このように考えてくるとお墓がこれからも安定して中国から運ばれて来る方法は必ずあるのです。私はこれまでのやり方は間違っていないと信じています。<span lang="EN-US"></span></span></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; line-height: 115%; text-indent: 10.5pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">今、墓石業界で起きている諸々の問題が一般消費者に深く係わっているということを少しでも伝えられたかどうかわかりませんが、私としては消費者が、墓石店が抱える仕入れ問題につき、理解し得る手がかりとなってほしいとの気持ちでここまで書いて来ました。</span><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'; font-size: 10.5pt"><font size="2">（おわり）</font></span></p><a name="more"></a>
]]> 
</content>
</entry>
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<title>師走雑感　8　　　　　　　　2011-12-27</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2011-12-27 15:19:57+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2012:namikitakashi.48052153</id> 
  <summary type="text/plain"> </summary> 
  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2011-12-27">
<![CDATA[
<font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3">

</font><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><font size="3">



</font><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM" lang="EN-US">1990</span><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">年代の前半に立ち上げた石材同盟は、中国泉徳会と名付けられコアとなる工場の数<span lang="EN-US">8</span>社が以来今日まで永らえてます。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">具体的にこの会で何を目指したのかといいますと、一つは情報の共有、二つは加工技術の向上、三つは生産合理化対策（生産銘柄の調整）、四つはクレーム（の原因）の共同研究と対策、五つは操業の安定（受発注の集中）で、この会の運営の中で最も重要なことはメンバー工場同士の信頼関係とそして買手として我社と彼等との間の信頼関係の構築でした。先程ふれました様に、それまでは互いにライバル工場という関係の連中でしたから、各々が自分の弱みを見せるはずもありません。そして、買手と言いながらも果たして彼らが満足するような発注量を保てるのかという心配もありました。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">　ともかく、私の呼びかけに応じてくれて同意をしてくれた以上、後づさりは出来ません。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">この様な過去に全く例のない日中石材同盟を問題なく運営していくためのポイントは、この会の私の役割が何をおいても工場の安定操業の維持であり、その為には日本市場での販売力の如何にかかっていると認<span style="color: black">識することにありました。<span lang="EN-US"></span></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">一方、会の運営に対しては強権を発動することはしませんでした。彼等の自主運営に任せ、ただ日本の石材業界のニーズから外れぬよう心掛けました。会の集まりは毎月定期会議を行い、そこでは当初の目的に沿って主として技術上の問題を中心に改善策が話し合われましたが、予想した通り始めの段階では中々各工場の不利や失点に係わることに触れたがらない様子がありましたが、回を重ねる中に他社、自社問わず、発生した問題について積極的に論議し、互いが他山の石とすべく積極的に意見を出してくれました。私は年数回必要に応じて訪中しましたが、その折に臨時会議を招集してもらい、私は私が感じている日中石材業の現状認識について話しをすると同時に我社の経営方針などを伝えていきました。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">私がいつも気にかけていたのは「会そのものが継続できるか。」「会の構成メンバーに信頼関係を構築できるのか」「会員工場の経営向上に繋げられるのか」「会員の姿を日本のユーザーにどの様にしたら伝えられるのか」でありました。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">この思いの具体的な発露の仕方をまとめますと次のようでした。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">会議の都度、業界動向について話をし、なおかつ、その時その時の対応策について話し合うことで彼等の関心は集まり、会に加盟している意義を感じてもらうといった事とか、会員同士が切磋琢磨する環境を作るために各々の失敗の原因につき正面から向かうことが有効でありました。そして、何よりも発注量を絶やさない為の営業努力を重ねながら、概ね順調にやってこれたのは、泉徳会の協力を背景にユーザーの信頼に繋がり、受注量の増大が可能になりました。やがてユーザーと作り手の関係が更に密接となるようにと考え、特別訪中団を組織するなどして、顔が見える間柄の実現を目指しました。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">毎年<span lang="EN-US">1</span>回、秋から冬にかけて「泉徳会コンクール参加」訪中旅行というイベントが確立して以来今年で<span lang="EN-US">12</span>年間続いております。このコンクールの狙いは、会員工場が技を競い作った墓石製品を一堂に集め展示し、これをユーザーの訪中団が評価し、意見を出すという場であります。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">これにより、工場はユーザーの欲しい物、又ユーザーはどのメーカーが希望を叶えてくれるのかを顔を見ながら分かり合える関係を作っていくこととなったのです。<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM" lang="EN-US"></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: HGPｺﾞｼｯｸM">ここで大事な点を一つ挙げますと、展示された沢山の墓石は参加したユーザーが気に入ったものはその場で売約されますが、売れ残りが生じても我社で全て引き取るという約束のもとに出品され、その通り実行して来たことです。このやり方は後でも述べるつもりですが、長年培って来た、対中国石材取引きの源流であろうと思ってます。（つづく。。。）<span lang="EN-US"></span></span></p>

<p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Century"></font></span></p><font size="3">

</font></font><a name="more"></a>
]]> 
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<title>師走雑感　7　　　　　　　　2011-12-24</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2011-12-24 17:15:11+09:00</issued> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2011-12-24">
<![CDATA[
<font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3"></font><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><font size="3"></font><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">中国との取引きに私はこれまで継続して<span lang="EN-US">40</span>年間携わっています。私の人生の半分以上の年数、中国の人達と付き合って来たことになります。この中、<span lang="EN-US">5</span>年程は当時勤務していた商社で中国石材担当者として、そしてその後の<span lang="EN-US">35</span>年は自ら立ち上げた石材商社の事業経営者としての立場でやってきました。敢えてこう書くのは、<span lang="EN-US">40</span>年間中国石材にどっぷりつかって来た人間が一体何を言いたいのかと多少興味を持って聞いてほしいと思うからです。<span lang="EN-US"></span></span><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'" lang="EN-US"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">さて、今、目の前の売手市場をどう乗り切るか、私は率直に言って残念ながらこれまでのやり方、考え方を変えない限り、生き残れない人達（企業）も出ると思います。換言すれば、常に自己の利益を最優先して来たやり方、考え方を考え直すということです。買手市場にあっては通じた経営手法に麻痺したままでは駄目と言いたいのです。しかし、実は、買手市場の時にどう振舞ってきたのかということなのです。そのような時でも取引相手の立場を考えた行動が出来たかということです。<span lang="EN-US"></span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"><br /></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">例えば、有利な価格条件を得るために掛け引きをことの外、強く行い、相手の喜ばない条件を押し付けて来なかったかということです。仮にその様にしてうまくやって来た人が状況の変化を目ざとく感じ取り、やり方をすぐに変えたとしても容易にうまくいかないと思います。おそらく想像した以上の厳しい条件を飲む他ないかもしれません。そうしながら時間を掛け、信頼関係を打ち立てていかねばならないのでしょう。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">一方、そうではなかった人達こそが、こういう場面にも誠意を持って心の通じ合う話し合いが出来るのです。大分抽象的な言い回しに聞こえ、分かり辛いかも知れませんが、事業経営において、教科書通りきちっとしたやり方があって、その通りにやれば間違いはないという必勝法がないのですから、一応抽象的な言い回しとなってしまいました。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"><br /></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">しかし、参考までにこの点において、私自身がどの様な考え方でやって来たかを辿ってみます。中国で墓石を作るという時代の流れは<span lang="EN-US">1980</span>年代の中頃に現実化し、その後本格的となりました。それまでは、日本での加工、そして韓国での加工が並行して行われていたところに中国でとなったのは、中国の市場経済への移行に伴う諸々の制度の変化とインフラの整備が急速に進んだこと、我国の仕入コストの低減という究極のニーズが咬み合って、あっという間に中国製品が日本市場に流入することになりました。中国側も墓石の輸出で外貨を得、安い労賃を武器に、扱い量も増え、加工技術も向上していったのです。同時に工場の数も増え続けたのですが、この頃はまだまだ労働者も喜んで石材業に就いてましたので、買手市場であってもそれ程大きな問題もなく、生活を謳歌していたようです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"><span lang="EN-US"></span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">　</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">年代的には<span lang="EN-US">1990</span>～<span lang="EN-US">2000</span>年の<span lang="EN-US">10</span>年位でしょうか。この頃は表面的には日中の石材業界は共にうまくいっていたと言えます。そして、この時期は日本でバブル崩壊後の経営に問題を抱える企業が石材業界に参入して来たりして、それでもどうやらうまく行ったのです。それは、簡単に言うと未経験の異業種であっても中国工場が完成品を提供してくれて、しかも日本で作るよりもはるかに安い価格で手にいれることが出来たのですから、後は販売力ある企業がどんどん力をつけて伸びられたのです。言ってみれば、買手の思い通りに品物が手に入るというわけです。仮に不良品が発見されれば直ちにクレーム補償を取り付けることが出来たのです。しかし、中国側から十分な供給をしている中で石材業界に少しづつ変化が起きていたのです。というのは、中国側が気づいて見れば、過当競争の中であまり儲かっていないではないかという事がわかって来て、その為、中には粗悪品を出してくる等の傾向も現れ、ある時期中国品は安かろう悪かろうと見られてしまったこともありました。その後、中国は<span lang="EN-US">WTO</span>に加盟することになり、貿易の自由化が一挙に進む頃から様子は更に変わるのですが、その話は後にしてその前の<span lang="EN-US">10</span>年の間私が何を考え、なにをしたかについて書きます。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"><br /></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'"><span lang="EN-US"></span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'">中国工場の数は増え、各々競って墓石を製造し、日本向に売り込みを掛ける様子に、私は売買の増大に対応して、供給の安定に不安を感じたのです。あの安い価格は需要を掘り起こすのは当然で、お墓は高い物と決まっていた所に安く販売出来るのですから、売れないはずはありません。石材店は国産や韓国産の墓石販売から中国産墓石を積極的に販売するようになっていきました。やがて市場は混乱するかもしれないと予測したのです。</span><span style="font-family: 'ＭＳ ゴシック'">その為、私は取引先工場のいくつかの経営者を呼んで同盟を結ぼうと提案したのです。それまでは、出資した工場に全面協力を求めるのは当然ですが、それ以外の工場とは取引関係はあっても工場同士はライバルでしたから、この提案は勇気の要ることでした。が、案ずるより産むがやすし、参加工場の同意が得られました。この時の同盟が<span lang="EN-US">20</span>年後の問題の解決の鍵となったのです。（つづく。。。）<span lang="EN-US"></span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Century"></font></span></p><font size="3"></font></font><a name="more"></a>
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<title>師走雑感　6　　　　　　　　2011-12-23</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2011-12-23 00:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3">

</font><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>さて、お墓の安定供給を図るにはどうすればよいのかという話に戻ります。</span><span style="font-family: 'Verdana','sans-serif'" lang="EN-US"></span></font></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>供給の問題は製造や物流という側面から考えることであり、墓石（ぼせき）という商品についての商談そのものであります。ここでは、他の品物の取引と同様に、価格、数量、品質、納期、支払い条件等々が売り手、買い手の双方の立場からやり取りされます。通常は売り手、買い手共に各々が有利となるように色々と交渉して行き、最終的に意見が一致して結論が出ます。時には商談決裂もあるのですが、この場合は往々にして取引相手を替えて商談のやり直しが行われます。現在の墓石事情は、先に述べたように相手を替えようにも代わりがありません。仮にあったとしても、すぐの相手とは成り得ず、急場には間に合いません。しかも、状況は、需要のバランスは崩れて来ており、いわゆる売り手市場を形成しています。一般的に見てこの様な場合、言いなりに要求を受けざるを得ないのでしょう。</span><span style="font-family: 'Verdana','sans-serif'" lang="EN-US"></span></font></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>では、翻って今ではなく、これまでのどこかの時点を取り出して見ますと、あの時は供給過剰で買い手（日本側）市場でした。この時こそ要求貫徹とばかり、全ての取引条件を有利に出来たのです。この状態が数年前まで続いていたのです。その為、ユーザーの中には状況の変化に気付かずに、相変わらず強気で要求を突きつけている人もおります。現実にはこれらの要求は通らなかったり、場合によっては取引も拒否されたりと明らかに今までとは違って来たことにようやく気付き始めています。この変化がいきなり目に見えないのは、とても専門的な話になってしまいますが、今世紀に入ってから中国に無数の中国商社（ブローカー）が墓石の輸出に携わっていて、彼らが商売優先主義から一応バイヤー（日本側）の要求を受けてしまい、後から問題が発生するケースがあるといったことで、市場のバランスが崩れたと実感するまでに若干タイムラグがあるのです。　</span><span style="font-family: 'Verdana','sans-serif'" lang="EN-US"></span></font></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>日頃買い手有利を振りかざし、好き勝手に振舞って来たとすると今直面している売り手市場にあっては、相手の言うがままになるか、供給が止まってしまうかという重大な局面に置かれてしまうのです。</span><span style="font-family: 'Verdana','sans-serif'" lang="EN-US"></span></font></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック">

</font><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>ここまで書き進んで来て読み返して思うのは、一体私は誰に向けてこのブログを書いていたのか、あまりにも細い話が多く、消費者の関心を失っているのではないかと感じて、私としては最初から書き直して消費者目線に立ち戻るべきかと思ったりもしますが、結局このまま書き続けることにしました。少なく共、石材業界にいる人の幾人かが眼を止めて頂いて参考にしてもらうだけでも十分であると自分に言い聞かせているのです。ですからこの先は肝心のテーマに近づけてまとめていこうと思います。（つづく。。。）</span><span style="font-family: 'Verdana','sans-serif'" lang="EN-US"></span></font></p><font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3">

</font><a name="more"></a>
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<title>師走雑感　5　　　　　　　　2011-12-22</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:48Z</modified> 
  <issued>2011-12-22 11:40:30+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3">

</font><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>その前にお墓の意味や必要性、そして価値観について私の考え方を述べておきたいと思います。世間のどこかから、お墓は要らない、お金もかかるしお墓参りも煩わしい等々といった話が聞かれます。それらは最近のトレンドとして捉えられ、ニュースとなったりすることもあります。これに同調する人もいるのかもしれません。新しいお墓や埋葬の傾向についても、石を使わないお墓の形が喧伝されてもいます。が、私が思うにお墓の需要全体の中のごく一部なのでしょう。何故なら少数で珍しいレベルでのニュース性を取り上げているのだと思うのです。まだまだ多くの日本人は石のお墓をお墓としてイメージしていると思うのです。</span></font></p><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span></span></font><span><font face="ＭＳ Ｐゴシック">「絆」が、</font></span><span style="font-family: 'Verdana','sans-serif'" lang="EN-US">3.11</span><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>が起きた今年は特に重く感じられたように思うのですが、お墓があるなしで絆の感じ方に違いがあります。思い出の人との対話する場所として、お墓の役割は他と比較し難いものがあります。石のお墓の向こう側に（彼岸）いる思い出の人を想い、語りかける自分の存在を感じる場所として、お墓が最もふさわしいと考えています。伝統的なお盆の行事も故人との絆を彷彿とさせるものがあり、今を生きている自分達を改めて考えたり、見つめたりする機会でもあるのです。それを考えるとお墓は既に商品の域を越えており、精神的に一体化出来る「価値」あるものとして理解し得ると思うのです。そして、そこがいつも清々しい場所でお気に入りお墓の姿形であれば、尚更その価値は高まります。親子・夫婦・兄弟姉妹・友人等々、様々な関わりを強く感じる場所としてお墓があること自体が、今を生きる人々に安心を与えることになると確信しています。</span></font></p><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><span>これまでに、日本の各地で津波や地震が町や村に災害をもたらしたケースを見聞きしました。この様な時、関係者達は一致して自分達の生活の場のことと同時にお墓のことを心配しています。このことは、人として自然な心のあり方なのだと思います。ですから、お墓は要らないと思う人がいるとすれば、まだそういう時に出会っていないだけのことで、絶対といっても良い程、お墓の存在が大切だと思う時が来ると思うのです。各種の法事を取り行うことが日本人の生活習慣に染み込んでいる時にお墓がない世界になっていたとすると「絆」を語るのも空疎に響くことでしょう。お墓とは、畢竟（ひっきょう）　そういう存在であり、深く生活に係わっていると思うのです。(つづく。。。）</span></font></p><p><font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3">

</font></p><a name="more"></a>
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<title>師走雑感　4　　　　　　　　2011-12-19</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:49Z</modified> 
  <issued>2011-12-19 18:16:56+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p>「墓石」という”商品”と”価格”についてです。</p><p>私見ですが、墓石を「ぼせき」と読む時にいわゆる商品としての意味合いを持ち、「はかいし」と読む時、一つの商品の枠を超えようとするかもう超えてしまったかの意味を包含するようになると思えるのです。多分定義はないと思いますが、私達石材商社が取り扱う段階での墓石は商品として、一定の基準をクリアすることが求められています。そしてそれをクリアしたものだけが墓石という商品と認識しています。</p><p>その墓石という商品は墓石小売店から消費者、つまりお施主様に販売され、建立される段階でそれまでの単なる商品から商品を超えたものへと変わって行くのだと思うのです。ここにおいては、前述したように一定の基準をクリアした商品という価値とは別にお施主様の思いが込められた特別の価値が吹き込まれた存在としてお墓になり、永代に亘り守られていくのです。まず、以上のことをイメージしていただきたいと思います。その上で、お坊さんが走りまわる師走に、お墓に関することについてお話してみたいと思います。</p><p>商品としての墓石が、どこの誰にどのように作られているのかという点です。正確な統計数字はないのでおよそですが、日本では毎年約40万～50万基のお墓が建っているといわれていますが、その90％前後、即ち約40万基前後の墓石が中国で中国人職人によって、機械や人の手で加工製造されています。使用する石材の多くは、中国で産出する花崗岩（みかげ石）ですが、中国以外のインドやヨーロッパ、最近では日本の花崗岩も中国に輸出され加工され墓石となって、日本に輸出されているのです。この物流形態がほぼ定着しており、墓石業界もそれを前提に墓石販売を行なって来ているのです。ところがそこに大きな問題が発生しています。</p><p>それは日本にとって重要な供給国の中国の事情で供給の安定が危ぶまれる状態となってしまったのです。ご存知の通り現在の中国は新興国として急速に発展を遂げつつあります。その経過の中で国民の生活レベルも上がると同時に意識も変わり、労働に対する考え方もどんどん変わってきています。</p><p>かつて、日本の墓石加工地でさかんに墓石を生産した頃、そしてそれが韓国に一部移転した頃を振り返ってみると、今からおよそ3０年か40年前の事ですが、その姿は変わりどんどんと中国へとシフトして行きました。墓石以外の他の商品も中国が世界の工場と言われる程、メイド　イン　チャイナ　となったことはご存知の通りです。その一つ、墓石の中国生産に中国の現状が大きくのしかかって来ているのです。墓石を加工する作業はとても大変です。体力も健康も、収入も、そして環境も重大なチェックポイントとして考えられるようになっています。この問題の解決なくしては永続的な中国の石材業の発展はあり得ないという中国側の声が強く伝わってきます。</p><p>中国の石材工場の数は何百とあって、これまでは競って日本側の求めに応じてくれていたのです。それが工場の中には、職人がどんどん辞めてしまい注文通りの加工が出来ないところが出てきたのです。その理由の第一が製品の単価が安いので高騰する労働者の賃金に追いつかず,彼らの不満がどうにもならないと訴えているのです。少ない労働者で物を作ろうとする、更に問題は悪化します。つまり、約束の納期が守れなかったり、品質がおろそかになるなど、あちこちで問題が噴出します。それはこれまではクレームとして対処されて来ましたが、約束通りには応じられなくなっています。買い手側からすると当然少しでも安い価格を要求するのですが、価格・納期・品質を満足するように日中双方が交渉する際の戦術の進め方を誤ると最悪の事態を招く恐れがあります。つまり、買い手側の要求をあくまでも主張し続けて、それが通るか通らないかという究極の結論が得られたのは、これまでの市場環境ではあり得たのですが、今やその力関係は逆転しつつあるというよりも、逆転してしまったと思えるのです。</p><p>何よりもの証拠が、中国側から見て要求が満たされないとなると受注を拒む、つまり生産されず、供給が止まるという最悪の事態を考慮しなくてはならないのです。先程説明したように、日本の需要の90％近くを中国に依存している中での主導権は売り手側に移ったと見ざるを得ないわけです。では、このような力関係の中で安定した取引を可能にしていくにはどのようにしたらよいのでしょうか。その事を次に考えてみます。（つづく。。。）</p><a name="more"></a>
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<title>師走雑感　3　　　　　　　　2011-12-09</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:49Z</modified> 
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<![CDATA[
<p>11月の末から12月の初めにかけて取引先の中国工場の代表が来日し、我社が運営する『安心石材店の会』の年次総会で最近の中国石材業界の実情についての講演をしてもらいました。</p><p>『安心石材店の会』（通称『あんしん石』）とは4年前に発足した全国的な墓石小売店の集団で年々会員数も増える傾向にあり、現在の正副会員に併せて約200社が加盟しています。世間的には墓石小売業の業界がどのような実体なのかについてまだ良くは知られていないのではないか思いますが、最近はマスコミが時々特集を組み、墓石を含めた葬送関連の記事を発信することが目につくようになり、徐々に浸透しているように見えます。</p><p>日本の大きな問題として「少子高齢化」が各方面で取り上げられている中で「終活」のことが流行のようで、日常での話題にさえなっています。造語の「終活」は「婚活」「就活」などに加えて人々の関心を呼んでいます。今年は3.11の事故が起きたことで死のことが一層身近として考えることが多かったように思えます。それは、身内や知人、ご近所の人、同郷人、しいては日本人同士の絆を再確認することに繋がるのです。そして、絆は亡くなった人々への想いへとつながっていて、ほぼ同時にお墓という概念が頭に浮かぶというように絆の大切さを感じることの中にお墓の果たす役割は非常に重要なものがあると思うのです。</p><p>今年、東北の被災地では今もなお、お墓の修復に追われています。人出が足りなくて作業が中々進まないで困っているところもあるのです。このような時に『あんしん石』の会員の中から県を超えて手伝おうという手が挙がり、応援活動をするなど、目に見えなくとも地道な活動をしています。勿論、今生きて生活をしている人々を守ることが大事であるのは言うまでもありませんが、故人を偲ぶよすがとなる墓所を守ることの意義は、人々の心の中で伝えられてきているのだと思うのです。</p><p>私の中では故人との絆を感じることで、今ある自分を眺めることが出来ると考え、お墓があることで安心に生きられるものと信じているのです。それ程に重要なお墓のことを書こうとして、随分回り道をしてしまいましたが、冒頭に書いた中国工場の代表が来て今の中国石材事情を説明したことについて、石材業界にだけ関わるニュースに留まらず、その先の一般消費者にも伝えたい事情があります。（つづく。。。）</p><a name="more"></a>
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<title>師走雑感　2　　　　　　　　2011-12-08</title> 
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  <modified>2012-05-22T08:27:49Z</modified> 
  <issued>2011-12-07 17:16:46+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://namikitakashi.blog.so-net.ne.jp/2011-12-07-1">
<![CDATA[
<p>ところで、１１月２７日から３泊４日でいわゆる”断食道場”に行って参りました。この時期にこんな事を予定に入れてしまったので忙しいのは当たり前なのですが、前々から関心もあり一度は経験してみたいと思っていて中々実行できずにいたところへ、友人からさそわれて決心した次第です。</p><p>そこは温泉地伊豆の別荘地の中にあり、外からは”道場”のイメージはなく普通の旅館の佇まいです。案内書によると、いくつかのコースにわかれていて、初心者用と本格派と中間的なのがあり、私達は中間的コースを選択しました。１週間が本来の日程でしたが、４日に短縮しています。</p><p>初日は午後からのスタートで、その日の昼食、朝食は普通食で良いというのが書かれていたのを見て、軽く考えて肩の力も取れてすうっと流れに入れたのです。初めに面談やら一応の身体テストを受け、コース内容の説明を聞いた上で、体重は２～３kｇ減るという託宣があり、たった４日でそれだけ減るなら見事なものと半信半疑とはいえ一応期待して始まりました。</p><p>主要なポイントを挙げますと、食事は午前10時と夕方6時の2回。早朝と夜にヨガ体操、気功体操、散歩、そして各種全身マッサージ、温泉入浴は自由、夜は10時消灯。</p><p>私達の取ったコースの食事は生野菜サラダがメインディッシュでこれをしっかり噛んで食べ、何とか満腹感を得なくてはなりません。初日は、通常の朝食、昼の牡蠣フライライスの外食が腹に入っており、興味本位で食べ終わりましたが、2日、3日の朝食まで来ると、さすがに空腹感に襲われ、とてもたまりません。何をするにも力が入りません。滞在中この時とばかり、家で読もうとして積ん読のままであった分厚い近代史の書物をもって行ったものの、唯の一頁も読む気が起きず持ち帰りとなってしまう程でした。</p><p>明日解放されるという前の晩と当日の朝食には、わずかながら形のある食材による皿がいくつか並び、更に味噌汁の椀までついているという風に常食に戻す配慮がされているとのことで、それにありついた時はほっとし、嬉しさみたいな気持ちが込み上げて来たものでした。</p><p>そんな時、隣りの卓とはつい立てで仕切られており、互いに見ないようにしているものの、ちらっと見えてしまうのですが断食コースの2人が座って食事をしています。メニューはカップが一つ、何やらスープのようなものが出ています。これが夕食の全てらしく、飲み終わると静かに出て行きました。</p><p>そんなわけで私達だけがごちそうを食べている気分になったのです。本気でかかれば、自宅でメニューに沿って減量も出来そうで、何もわざわざ高いお金を払ってまで何も食べない旅行をすることはなかろうと自らも思うこともあり、これを話したかかりつけの医者先生からも一笑にふされたというのも事実なのです。</p><p>しかし、それはあくまでも理論上のことであの環境を自ら是として入り込むことによってのみ達し得る行動で、その他の状況下では絶対に不可能なことと確信します。何故なら、過去の禁煙の誓いの時と同じく食べたいおいしい食事の制限を何回も決心しては破って来たことを思えばであります。</p><p>ともあれ、最後の身体測定の結果は3Kg減量が出来、一緒の友人は4Kｇも減った事実は何にも代えがたい成果として一応の収穫で終了出来ました。問題はその後の娑婆での食生活の自己管理がどの程度できるのかでして、本日までのところ気持ちはともかく、体は日に日に好きな物が食べたいという欲求が強まっているのを感じています。（つづく。。。）</p><a name="more"></a>
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