減量 2012-01-30 [健康]
マカオで「7連勝ならず」は「8連勝ならず」の誤り 2012-01-27 [趣味]
マカオで7連勝ならず 2011-12-30 [趣味]
6連勝したところまで得意になって吹聴いていました。12月13日7連勝を目指して良い気持ちをまたまた味わいたいものと自信満々に乗り込んだところが、見事に私の鼻柱はへしおられてしまい1人密かに深く反省しています。
出来ればこのままそっと来年を迎えたいものとブログでの報告を控えてましたら、何人かの知り合いの読者から「どうしたのか」と聞かれたものですから、やはり結果はどうあれケリを付けておくべきかと考えなおし、今年ギリギリ今日書いています。
失敗の原因につき私なりに反省した結論を後のために書きます。その日私はそれまでの成功経験からゲームをかなり舐めてかかったのは事実です。ですから最後は必ず勝てるはずと勝手に思い込み、短期決戦の作戦で挑み、いつもより沢山のチップを張っていったのです。ところが、P(プレイヤー)に来ると思ったのが、どうしてかそうならず、チップはどんどん目減りしてしまい、とりあえず一息入れるべく、席を離れます。
ここまでは、まあまあのとり口で問題はありません。一休みした後、別のテーブルで同じ姿勢、つまり先程と同じくいつもより多めに張る作戦を継続しました。ところが、又々Pに来てくれません。更に手元資金は減るばかりです。結局、この度は只の一度も瞬間たりとも、手持ち資金を越えてチップを増やせなかったのです。バチが当たったとしか言い様がありません。本当のやり方はいつもの様に手持ち資金に見合う少額のチップからチマチマと時間をかけて戦うべきであったのに、いきなり勝利を手にしたいという欲望にかられ戦いを急いだためと思いながらも元に戻せませんでした。負けがこんだ時点では、一から出直すには時間と根気が必要で、それには自分が耐えられない心境に陥っていたのでした。
というわけで、高い授業料を支払って貴重な反省を新たにしての今年の終了でした。来年は冷静になって始められるように、この正月休みに気持ちを整理してみようと考えています。
暮れから6日間、断食道場に夫婦で立ち向かう予定でうす。良い年をお迎え下さい。
(おわり)
師走雑感 9 2011-12-29 [思索]
今世紀に入ってからの中国石材業界の動きは、明らかに各企業が自らの利益追求を目的とした自由競争に懸命になっていったと言えます。そのきっかけは、先に触れた2001年に中国がWTOに加盟した後、以前は認められなかった貿易商社の設立が自由化され、いわゆるブローカー石材商社が乱立し、彼等がこぞって日本市場に対して色々な手段で営業活動をしかけて来たのでした。そのため、過剰供給の状態を作り上げることになり、乱売合戦となり、そのまま日本国内市場でも乱売が繰り返されるのでした。
この様な時の買手としてのマインドが大切で、乱売乱買合戦に巻き込まれて、そのリスクヘッジのため、中国の生産工場を次々と変えていくやり方が平気で行われる中、我々と泉徳会との関係は本当にゆるぎのないものでした。目先の利益を追い求めるというやり方をしていると、現在直面している供給の不安の時代に希望通りの答えにならないのだと思うのです。
私は作り手である中国工場、売り手である小売店、そしてそれを結ぶ卸売商社は三位一体となって共通の利害関係の中で乗り切る必要性を強く感じます。
つまり、中国の人達の生活レベルが上がって給料もそれに伴って変動するという経済原理に立って、墓作りのコストをもう一度見直すことは間違いなく今後の安定供給に直結することと捉えるべきではないかという事です。しかも、先に述べたように墓石という商品の価格の認識を中国製だから安くあるべきという尺度でなく、物作りの正当なコストの標準という観点から考えることと、墓石(ぼせき)という商品のレベルから墓石(はかいし)に移行する時、単なる消費材や装飾品ということを離れた心の拠り所としての特別な価値観を発する存在として、「高い・安い」の経済性の基準ではない価値判断をしていくことで、満足や安心を感じることが出来るのではないかと思うのです。附言すれな、お墓は高ければ良いという意味ではなく、安くても高くてもそれを持つ人達が感じる生きる喜びとか安心感から、お墓があって良かったと思えることが大事なことではないかということであります。
このように考えてくるとお墓がこれからも安定して中国から運ばれて来る方法は必ずあるのです。私はこれまでのやり方は間違っていないと信じています。
今、墓石業界で起きている諸々の問題が一般消費者に深く係わっているということを少しでも伝えられたかどうかわかりませんが、私としては消費者が、墓石店が抱える仕入れ問題につき、理解し得る手がかりとなってほしいとの気持ちでここまで書いて来ました。(おわり)
師走雑感 8 2011-12-27 [思索]
1990年代の前半に立ち上げた石材同盟は、中国泉徳会と名付けられコアとなる工場の数8社が以来今日まで永らえてます。
具体的にこの会で何を目指したのかといいますと、一つは情報の共有、二つは加工技術の向上、三つは生産合理化対策(生産銘柄の調整)、四つはクレーム(の原因)の共同研究と対策、五つは操業の安定(受発注の集中)で、この会の運営の中で最も重要なことはメンバー工場同士の信頼関係とそして買手として我社と彼等との間の信頼関係の構築でした。先程ふれました様に、それまでは互いにライバル工場という関係の連中でしたから、各々が自分の弱みを見せるはずもありません。そして、買手と言いながらも果たして彼らが満足するような発注量を保てるのかという心配もありました。
ともかく、私の呼びかけに応じてくれて同意をしてくれた以上、後づさりは出来ません。
この様な過去に全く例のない日中石材同盟を問題なく運営していくためのポイントは、この会の私の役割が何をおいても工場の安定操業の維持であり、その為には日本市場での販売力の如何にかかっていると認識することにありました。
一方、会の運営に対しては強権を発動することはしませんでした。彼等の自主運営に任せ、ただ日本の石材業界のニーズから外れぬよう心掛けました。会の集まりは毎月定期会議を行い、そこでは当初の目的に沿って主として技術上の問題を中心に改善策が話し合われましたが、予想した通り始めの段階では中々各工場の不利や失点に係わることに触れたがらない様子がありましたが、回を重ねる中に他社、自社問わず、発生した問題について積極的に論議し、互いが他山の石とすべく積極的に意見を出してくれました。私は年数回必要に応じて訪中しましたが、その折に臨時会議を招集してもらい、私は私が感じている日中石材業の現状認識について話しをすると同時に我社の経営方針などを伝えていきました。
私がいつも気にかけていたのは「会そのものが継続できるか。」「会の構成メンバーに信頼関係を構築できるのか」「会員工場の経営向上に繋げられるのか」「会員の姿を日本のユーザーにどの様にしたら伝えられるのか」でありました。
この思いの具体的な発露の仕方をまとめますと次のようでした。
会議の都度、業界動向について話をし、なおかつ、その時その時の対応策について話し合うことで彼等の関心は集まり、会に加盟している意義を感じてもらうといった事とか、会員同士が切磋琢磨する環境を作るために各々の失敗の原因につき正面から向かうことが有効でありました。そして、何よりも発注量を絶やさない為の営業努力を重ねながら、概ね順調にやってこれたのは、泉徳会の協力を背景にユーザーの信頼に繋がり、受注量の増大が可能になりました。やがてユーザーと作り手の関係が更に密接となるようにと考え、特別訪中団を組織するなどして、顔が見える間柄の実現を目指しました。
毎年1回、秋から冬にかけて「泉徳会コンクール参加」訪中旅行というイベントが確立して以来今年で12年間続いております。このコンクールの狙いは、会員工場が技を競い作った墓石製品を一堂に集め展示し、これをユーザーの訪中団が評価し、意見を出すという場であります。
これにより、工場はユーザーの欲しい物、又ユーザーはどのメーカーが希望を叶えてくれるのかを顔を見ながら分かり合える関係を作っていくこととなったのです。
ここで大事な点を一つ挙げますと、展示された沢山の墓石は参加したユーザーが気に入ったものはその場で売約されますが、売れ残りが生じても我社で全て引き取るという約束のもとに出品され、その通り実行して来たことです。このやり方は後でも述べるつもりですが、長年培って来た、対中国石材取引きの源流であろうと思ってます。(つづく。。。)
師走雑感 7 2011-12-24 [思索]
さて、今、目の前の売手市場をどう乗り切るか、私は率直に言って残念ながらこれまでのやり方、考え方を変えない限り、生き残れない人達(企業)も出ると思います。換言すれば、常に自己の利益を最優先して来たやり方、考え方を考え直すということです。買手市場にあっては通じた経営手法に麻痺したままでは駄目と言いたいのです。しかし、実は、買手市場の時にどう振舞ってきたのかということなのです。そのような時でも取引相手の立場を考えた行動が出来たかということです。
例えば、有利な価格条件を得るために掛け引きをことの外、強く行い、相手の喜ばない条件を押し付けて来なかったかということです。仮にその様にしてうまくやって来た人が状況の変化を目ざとく感じ取り、やり方をすぐに変えたとしても容易にうまくいかないと思います。おそらく想像した以上の厳しい条件を飲む他ないかもしれません。そうしながら時間を掛け、信頼関係を打ち立てていかねばならないのでしょう。
一方、そうではなかった人達こそが、こういう場面にも誠意を持って心の通じ合う話し合いが出来るのです。大分抽象的な言い回しに聞こえ、分かり辛いかも知れませんが、事業経営において、教科書通りきちっとしたやり方があって、その通りにやれば間違いはないという必勝法がないのですから、一応抽象的な言い回しとなってしまいました。
しかし、参考までにこの点において、私自身がどの様な考え方でやって来たかを辿ってみます。中国で墓石を作るという時代の流れは1980年代の中頃に現実化し、その後本格的となりました。それまでは、日本での加工、そして韓国での加工が並行して行われていたところに中国でとなったのは、中国の市場経済への移行に伴う諸々の制度の変化とインフラの整備が急速に進んだこと、我国の仕入コストの低減という究極のニーズが咬み合って、あっという間に中国製品が日本市場に流入することになりました。中国側も墓石の輸出で外貨を得、安い労賃を武器に、扱い量も増え、加工技術も向上していったのです。同時に工場の数も増え続けたのですが、この頃はまだまだ労働者も喜んで石材業に就いてましたので、買手市場であってもそれ程大きな問題もなく、生活を謳歌していたようです。
年代的には1990~2000年の10年位でしょうか。この頃は表面的には日中の石材業界は共にうまくいっていたと言えます。そして、この時期は日本でバブル崩壊後の経営に問題を抱える企業が石材業界に参入して来たりして、それでもどうやらうまく行ったのです。それは、簡単に言うと未経験の異業種であっても中国工場が完成品を提供してくれて、しかも日本で作るよりもはるかに安い価格で手にいれることが出来たのですから、後は販売力ある企業がどんどん力をつけて伸びられたのです。言ってみれば、買手の思い通りに品物が手に入るというわけです。仮に不良品が発見されれば直ちにクレーム補償を取り付けることが出来たのです。しかし、中国側から十分な供給をしている中で石材業界に少しづつ変化が起きていたのです。というのは、中国側が気づいて見れば、過当競争の中であまり儲かっていないではないかという事がわかって来て、その為、中には粗悪品を出してくる等の傾向も現れ、ある時期中国品は安かろう悪かろうと見られてしまったこともありました。その後、中国はWTOに加盟することになり、貿易の自由化が一挙に進む頃から様子は更に変わるのですが、その話は後にしてその前の10年の間私が何を考え、なにをしたかについて書きます。
中国工場の数は増え、各々競って墓石を製造し、日本向に売り込みを掛ける様子に、私は売買の増大に対応して、供給の安定に不安を感じたのです。あの安い価格は需要を掘り起こすのは当然で、お墓は高い物と決まっていた所に安く販売出来るのですから、売れないはずはありません。石材店は国産や韓国産の墓石販売から中国産墓石を積極的に販売するようになっていきました。やがて市場は混乱するかもしれないと予測したのです。その為、私は取引先工場のいくつかの経営者を呼んで同盟を結ぼうと提案したのです。それまでは、出資した工場に全面協力を求めるのは当然ですが、それ以外の工場とは取引関係はあっても工場同士はライバルでしたから、この提案は勇気の要ることでした。が、案ずるより産むがやすし、参加工場の同意が得られました。この時の同盟が20年後の問題の解決の鍵となったのです。(つづく。。。)
師走雑感 6 2011-12-23 [思索]
さて、お墓の安定供給を図るにはどうすればよいのかという話に戻ります。
供給の問題は製造や物流という側面から考えることであり、墓石(ぼせき)という商品についての商談そのものであります。ここでは、他の品物の取引と同様に、価格、数量、品質、納期、支払い条件等々が売り手、買い手の双方の立場からやり取りされます。通常は売り手、買い手共に各々が有利となるように色々と交渉して行き、最終的に意見が一致して結論が出ます。時には商談決裂もあるのですが、この場合は往々にして取引相手を替えて商談のやり直しが行われます。現在の墓石事情は、先に述べたように相手を替えようにも代わりがありません。仮にあったとしても、すぐの相手とは成り得ず、急場には間に合いません。しかも、状況は、需要のバランスは崩れて来ており、いわゆる売り手市場を形成しています。一般的に見てこの様な場合、言いなりに要求を受けざるを得ないのでしょう。
では、翻って今ではなく、これまでのどこかの時点を取り出して見ますと、あの時は供給過剰で買い手(日本側)市場でした。この時こそ要求貫徹とばかり、全ての取引条件を有利に出来たのです。この状態が数年前まで続いていたのです。その為、ユーザーの中には状況の変化に気付かずに、相変わらず強気で要求を突きつけている人もおります。現実にはこれらの要求は通らなかったり、場合によっては取引も拒否されたりと明らかに今までとは違って来たことにようやく気付き始めています。この変化がいきなり目に見えないのは、とても専門的な話になってしまいますが、今世紀に入ってから中国に無数の中国商社(ブローカー)が墓石の輸出に携わっていて、彼らが商売優先主義から一応バイヤー(日本側)の要求を受けてしまい、後から問題が発生するケースがあるといったことで、市場のバランスが崩れたと実感するまでに若干タイムラグがあるのです。
日頃買い手有利を振りかざし、好き勝手に振舞って来たとすると今直面している売り手市場にあっては、相手の言うがままになるか、供給が止まってしまうかという重大な局面に置かれてしまうのです。
ここまで書き進んで来て読み返して思うのは、一体私は誰に向けてこのブログを書いていたのか、あまりにも細い話が多く、消費者の関心を失っているのではないかと感じて、私としては最初から書き直して消費者目線に立ち戻るべきかと思ったりもしますが、結局このまま書き続けることにしました。少なく共、石材業界にいる人の幾人かが眼を止めて頂いて参考にしてもらうだけでも十分であると自分に言い聞かせているのです。ですからこの先は肝心のテーマに近づけてまとめていこうと思います。(つづく。。。)
師走雑感 5 2011-12-22 [思索]
その前にお墓の意味や必要性、そして価値観について私の考え方を述べておきたいと思います。世間のどこかから、お墓は要らない、お金もかかるしお墓参りも煩わしい等々といった話が聞かれます。それらは最近のトレンドとして捉えられ、ニュースとなったりすることもあります。これに同調する人もいるのかもしれません。新しいお墓や埋葬の傾向についても、石を使わないお墓の形が喧伝されてもいます。が、私が思うにお墓の需要全体の中のごく一部なのでしょう。何故なら少数で珍しいレベルでのニュース性を取り上げているのだと思うのです。まだまだ多くの日本人は石のお墓をお墓としてイメージしていると思うのです。
「絆」が、3.11が起きた今年は特に重く感じられたように思うのですが、お墓があるなしで絆の感じ方に違いがあります。思い出の人との対話する場所として、お墓の役割は他と比較し難いものがあります。石のお墓の向こう側に(彼岸)いる思い出の人を想い、語りかける自分の存在を感じる場所として、お墓が最もふさわしいと考えています。伝統的なお盆の行事も故人との絆を彷彿とさせるものがあり、今を生きている自分達を改めて考えたり、見つめたりする機会でもあるのです。それを考えるとお墓は既に商品の域を越えており、精神的に一体化出来る「価値」あるものとして理解し得ると思うのです。そして、そこがいつも清々しい場所でお気に入りお墓の姿形であれば、尚更その価値は高まります。親子・夫婦・兄弟姉妹・友人等々、様々な関わりを強く感じる場所としてお墓があること自体が、今を生きる人々に安心を与えることになると確信しています。
これまでに、日本の各地で津波や地震が町や村に災害をもたらしたケースを見聞きしました。この様な時、関係者達は一致して自分達の生活の場のことと同時にお墓のことを心配しています。このことは、人として自然な心のあり方なのだと思います。ですから、お墓は要らないと思う人がいるとすれば、まだそういう時に出会っていないだけのことで、絶対といっても良い程、お墓の存在が大切だと思う時が来ると思うのです。各種の法事を取り行うことが日本人の生活習慣に染み込んでいる時にお墓がない世界になっていたとすると「絆」を語るのも空疎に響くことでしょう。お墓とは、畢竟(ひっきょう) そういう存在であり、深く生活に係わっていると思うのです。(つづく。。。)
師走雑感 4 2011-12-19 [思索]
「墓石」という”商品”と”価格”についてです。
私見ですが、墓石を「ぼせき」と読む時にいわゆる商品としての意味合いを持ち、「はかいし」と読む時、一つの商品の枠を超えようとするかもう超えてしまったかの意味を包含するようになると思えるのです。多分定義はないと思いますが、私達石材商社が取り扱う段階での墓石は商品として、一定の基準をクリアすることが求められています。そしてそれをクリアしたものだけが墓石という商品と認識しています。
その墓石という商品は墓石小売店から消費者、つまりお施主様に販売され、建立される段階でそれまでの単なる商品から商品を超えたものへと変わって行くのだと思うのです。ここにおいては、前述したように一定の基準をクリアした商品という価値とは別にお施主様の思いが込められた特別の価値が吹き込まれた存在としてお墓になり、永代に亘り守られていくのです。まず、以上のことをイメージしていただきたいと思います。その上で、お坊さんが走りまわる師走に、お墓に関することについてお話してみたいと思います。
商品としての墓石が、どこの誰にどのように作られているのかという点です。正確な統計数字はないのでおよそですが、日本では毎年約40万~50万基のお墓が建っているといわれていますが、その90%前後、即ち約40万基前後の墓石が中国で中国人職人によって、機械や人の手で加工製造されています。使用する石材の多くは、中国で産出する花崗岩(みかげ石)ですが、中国以外のインドやヨーロッパ、最近では日本の花崗岩も中国に輸出され加工され墓石となって、日本に輸出されているのです。この物流形態がほぼ定着しており、墓石業界もそれを前提に墓石販売を行なって来ているのです。ところがそこに大きな問題が発生しています。
それは日本にとって重要な供給国の中国の事情で供給の安定が危ぶまれる状態となってしまったのです。ご存知の通り現在の中国は新興国として急速に発展を遂げつつあります。その経過の中で国民の生活レベルも上がると同時に意識も変わり、労働に対する考え方もどんどん変わってきています。
かつて、日本の墓石加工地でさかんに墓石を生産した頃、そしてそれが韓国に一部移転した頃を振り返ってみると、今からおよそ30年か40年前の事ですが、その姿は変わりどんどんと中国へとシフトして行きました。墓石以外の他の商品も中国が世界の工場と言われる程、メイド イン チャイナ となったことはご存知の通りです。その一つ、墓石の中国生産に中国の現状が大きくのしかかって来ているのです。墓石を加工する作業はとても大変です。体力も健康も、収入も、そして環境も重大なチェックポイントとして考えられるようになっています。この問題の解決なくしては永続的な中国の石材業の発展はあり得ないという中国側の声が強く伝わってきます。
中国の石材工場の数は何百とあって、これまでは競って日本側の求めに応じてくれていたのです。それが工場の中には、職人がどんどん辞めてしまい注文通りの加工が出来ないところが出てきたのです。その理由の第一が製品の単価が安いので高騰する労働者の賃金に追いつかず,彼らの不満がどうにもならないと訴えているのです。少ない労働者で物を作ろうとする、更に問題は悪化します。つまり、約束の納期が守れなかったり、品質がおろそかになるなど、あちこちで問題が噴出します。それはこれまではクレームとして対処されて来ましたが、約束通りには応じられなくなっています。買い手側からすると当然少しでも安い価格を要求するのですが、価格・納期・品質を満足するように日中双方が交渉する際の戦術の進め方を誤ると最悪の事態を招く恐れがあります。つまり、買い手側の要求をあくまでも主張し続けて、それが通るか通らないかという究極の結論が得られたのは、これまでの市場環境ではあり得たのですが、今やその力関係は逆転しつつあるというよりも、逆転してしまったと思えるのです。
何よりもの証拠が、中国側から見て要求が満たされないとなると受注を拒む、つまり生産されず、供給が止まるという最悪の事態を考慮しなくてはならないのです。先程説明したように、日本の需要の90%近くを中国に依存している中での主導権は売り手側に移ったと見ざるを得ないわけです。では、このような力関係の中で安定した取引を可能にしていくにはどのようにしたらよいのでしょうか。その事を次に考えてみます。(つづく。。。)
師走雑感 3 2011-12-09 [思索]
11月の末から12月の初めにかけて取引先の中国工場の代表が来日し、我社が運営する『安心石材店の会』の年次総会で最近の中国石材業界の実情についての講演をしてもらいました。
『安心石材店の会』(通称『あんしん石』)とは4年前に発足した全国的な墓石小売店の集団で年々会員数も増える傾向にあり、現在の正副会員に併せて約200社が加盟しています。世間的には墓石小売業の業界がどのような実体なのかについてまだ良くは知られていないのではないか思いますが、最近はマスコミが時々特集を組み、墓石を含めた葬送関連の記事を発信することが目につくようになり、徐々に浸透しているように見えます。
日本の大きな問題として「少子高齢化」が各方面で取り上げられている中で「終活」のことが流行のようで、日常での話題にさえなっています。造語の「終活」は「婚活」「就活」などに加えて人々の関心を呼んでいます。今年は3.11の事故が起きたことで死のことが一層身近として考えることが多かったように思えます。それは、身内や知人、ご近所の人、同郷人、しいては日本人同士の絆を再確認することに繋がるのです。そして、絆は亡くなった人々への想いへとつながっていて、ほぼ同時にお墓という概念が頭に浮かぶというように絆の大切さを感じることの中にお墓の果たす役割は非常に重要なものがあると思うのです。
今年、東北の被災地では今もなお、お墓の修復に追われています。人出が足りなくて作業が中々進まないで困っているところもあるのです。このような時に『あんしん石』の会員の中から県を超えて手伝おうという手が挙がり、応援活動をするなど、目に見えなくとも地道な活動をしています。勿論、今生きて生活をしている人々を守ることが大事であるのは言うまでもありませんが、故人を偲ぶよすがとなる墓所を守ることの意義は、人々の心の中で伝えられてきているのだと思うのです。
私の中では故人との絆を感じることで、今ある自分を眺めることが出来ると考え、お墓があることで安心に生きられるものと信じているのです。それ程に重要なお墓のことを書こうとして、随分回り道をしてしまいましたが、冒頭に書いた中国工場の代表が来て今の中国石材事情を説明したことについて、石材業界にだけ関わるニュースに留まらず、その先の一般消費者にも伝えたい事情があります。(つづく。。。)










